2008年01月22日

Show and Tell

2006年11月27日(月曜日)

朝いつものように学校に行くと、同じクラスの女の子達が寄ってきて、

「オラ二オス、見て!」と言いながら、ぬいぐるみやら、人形やらを僕に見せた。そして、あたりを見回すと、他の子たちも何かしら持っ来て遊んでいる。そこで、はっと、そうか、今日はShow and Tellの日だったことを思い出した。

僕は完全に忘れていた!

そして、惨めな気持ちになって、いつもの、くっくっ、と抑える泣き方で泣き出してしまった。

ママはShow and Tellの日だと言う事を忘れてはいなかったが、特に僕が持って行きそうにもしていなかったし、毎回持っていかなくても良いので、家を出るときはあまり気にも留めていなかった。

が、何とか僕を慰めようとして、ママは自分のカバンの中をごそごそと探してみたが、これといったものは見つからなかった。

そのうちに、先生が教室から出てきて、僕たちは列に並ばなければいけない時間になった。

僕がまだぐちぐち言っているので、ママは一応先生に事情を話しておいた。

そんなわけで、その日のアシスタントの先生とのセッションはうまく行かなかった。 僕は、ショックと悔しさと悲しさで、一日気分が優れなかった。

Mrs Sが何とか僕の気を引いて一緒に遊んだり、楽器を弾いてみようかと、いろいろ話しかけても、僕はまったくその気になれず、シールは一つももらえなかった。

ママが迎えに来たとき、先生に僕の様子を尋ねると、先生は、子供だから、こんなこともありますよ!とあまり落胆してる様子もなかった。

Show and Tellの時間も、先生は気を利かせて、僕の大好きな地球儀を教室の棚から取ってきて、僕をクラスの前に立たせて、

「日本はどこ?イギリスはどこ?」など僕に質問して、僕はうなづいたり、指で場所を示したりして答えた。

これで、一応僕もShow and Tellに参加した事になったので、すこしは元気になったが、これから月曜日はどんなものでも良いから学校に持っていかないと.....

今まで順調に行っていたけど、ちょっと停滞。先生も言うように、こんな事もあるさ。


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2007年04月27日

場面緘黙症一日コース


2006年11月10日(金曜日)

ママにとっても先生達にとっても、待ちに待った日が来た。

僕の担任の先生と、アシスタントの先生が、マギー ジョンソンの場面緘黙症のコースに出かけた。

ママは、いろいろな資料を先生達に渡したが、やはり僕だけのためにゆっくり見ている時間はなかったんだろう。

なんとなくわかるものの、場面緘黙症については今ひとつつかんでいない様子で、コースに行けばはっきりするだろう、というような事をこれまでは言っていた。

2人とも一日いなかったので、僕は不安だったが、前々から、この日は先生が2人ともいない、と言う事は聞かされていたので、僕もパニックにならずにすんだ。

代わりに来た先生の一人は、なじみのソーシャルスキルを担当しているMrs Mだったので、僕も心強かった。

去年のクラスの先生達も、このコースに参加した後は、場面緘黙症の事がよく理解できたらしく、僕のこともよくわかってくれたようで、根気強くサポートしてくれた。

今回も先生達がコースから帰ってきた後は、何かが変わるのだろうか?

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2007年04月24日

サウンドライト


2006年11月7日(火曜日)


午前中のサウンドライトの授業だった。

SとZとの発音を先生がみんなに聞いた。

僕にはすぐわかった。他の子もわかる子はすぐに手をあげた。

僕もためらいながらも、控えめに手をそーっとあげてみた。

先生は誰を指名しようかな?と僕達をぐるりと見回した。とそのとき、なんと僕が手を挙げているではないか。

先生は、すかさず、このチャンスを逃すまいと、僕がちゃんと言えるか不安ながらも、僕を指してくれた。

僕は、小さい声で、す、ず、と言ってみた。それは本当に、蚊の泣くような声だったが先生にはちゃんと聞こえたようだ。(僕の口の動きでわかったのかもしれないが)

先生は僕をすごく褒めてくれて、スーパースターと書かれたシールもくれた。


その後の、グループでのサウンドライトのアクティビティーも他の子供達に混じってやる事ができた。

恥ずかしかったけど、思い切って、トライしてみてよかった、と思った。
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2007年04月21日

バレーの試験

2006年11月5日(日曜日)

今までの練習の成果を試す日が来た。

僕達は一番したのレベルなので、先生が付いて、そのとおりにまねをすればいいだけだったが、問題は、始める前に、自分達の名前を試験官に言わなければならない事。

先生もこの事が気になって、僕が名前が言えなかったら減点されるかも知れないと思い、ママに僕がしゃべらないのは、何か原因があるのか?と聞いてきた。

ママが、僕の場面緘黙症の事、学校からもSpecial need として、サポートを受けている事を告げると、それなら、名前を言わなくても考慮してもらえるし、減点にはならないだろうと思うと言ってくれた。

何か証明できる書類が必要とのことなので、ママはスピーチセラピストからのレポートの一部をコピーして、先生に渡し一件落着。

当日は、スタジオに行くと、他にも試験を受ける子達がそれぞれの衣装を着て順番を待っていた。 やはり女の子の衣装はかわいい!僕も着てみたい!とチラッと思うほどだった。

男の子の衣装はと言うと、白のぴちっとしたTシャツに、僕達のレベルは、紺のショートパンツに白いソックス。後はいつものバレーシューズ。
そして、なぜか青いリボンをつけてもらって、準備万端。

いよいよ僕達の番が来て、子供達は一列に並び先生の後についてスタジオの中に入っていった。

戸は閉められ、部外者は中を見ることは出来なかったが、それでも何人かの保護者と自分の番を待っているお姉さん達が、中の様子を立ち聞きしていた。

すると、誰かが、「I’m Ouranios!」って聞こえた!というではないか!

ママは、まさか、とは思いつつも、すこしは期待していたが、それは空耳に過ぎなかった。

僕は、何とか先生の真似をしながら他の子たちと一緒に踊って、10-15分を切り抜けた。

終わってからスタジオを出てママの顔を見たらホッとした。

今回は自分の名前が言えなかったが、ママから離れてちゃんと試験をこなした事はすごい進歩である。

僕はまた一つハードルを越えたような気がした。


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2007年03月13日

ママがヘルパー(3)


2006年10月31日(火曜日)

ハーフタームホリデーが終わって、また学校が始まった。
僕は気乗りしなかったが、今日からママが本格的に週に二回僕のクラスにヘルプに来るので、それを楽しみに学校へ行った。

午後、お昼休みが終わって教室に戻ると、ママがいて、僕はうれしかった。

その日の午後は、サイエンスの時間で、音の伝わり方について習った。

大きい音は、遠くまで聞こえるし、小さい音は近くでしか聞こえない。

その事を教わると僕たちは早速校庭に出て、自分達でどのくらい大きな声が出せるか実験する事にした。

子供たちの名前が書かれたリストの紙をクリップボードに張った物を、鉛筆と共に渡された。そして外に出ると、一人づつ先生の脇に立って、他の子供達は、反対側(フェンスのわき)に立って、どのくらい大きな声だったか1-5までマークする。1は小さい。5はとても大きい。

出席番号順に、一人づつ「ハロー!イエロークラス!」と声を出していった。

中には、大きな声が出せなくて先生の耳元で囁く子もいたので、ママは、それなら僕も大丈夫だと、安心しながら僕の順番を待った。 僕も、楽しみにしていた。

僕の番号は7番。

6番の子が終わると、僕はいよいよ、だと思って先生のところに行く準備をしていた。

「No.8....」

「えっ!あれーーー」僕も、ママも拍子抜け。そう、僕の番は飛ばされた。

何で?他の子もオラ二オスは?と言う子もいた。 Mrs Sが僕たちの側にいたので、「オラにオスは話さないから。..」というような答えをしているのが僕にも、ママにも聞こえた。

僕は出来るかわからなかったが、やってみたかった。

ママも、これにはちょっとショックを受けた。出来なくても、やりたいかどうか聞くだけでも聞いてくれたら良かったのに。

実際に、大きな声が出せずに、先生の耳元で囁いて終わる子も、一人だけではなかった。

たまたま、この日はママがヘルパーとして来ていたから、分かったものの、いつもこんな調子で、飛ばされてしまうのか、ママには疑問が残った。

もやもやした気持ちのまま、教室に戻り、子供達からクリップボードと鉛筆を集めながら、ママはしばらくその事を考えていた。

そして、残りの時間は、教生のMrs Tが受け持つ事になって、みんなで輪になって座り、ハーフタームに何をしたか、前に出て一人一人順番に話した。

いよいよ僕の番になると、僕はまた飛ばされた。。。

ママは、いたたまれない気持ちになりながらも、平静を装い、他の仕事をしながら僕たちの様子をうかがっていた。

確かに、僕はしゃべらないだろう。でも、せっかくママが来ているんだから、ママに聞いて、僕がハーフタームに何をしたか、他の子に知らせても良かったのではないか?僕がしゃべらなかったら、ママはいつでも助け舟を出す準備は出来ていたのに。 僕の番が飛ばされたら、もうでる幕もない。

ママの心の中がまたもやもやで一杯になった。

僕は、いつものことだからこれは特になんてことはなかった。むしろ前に出なくて、ホッとした。

帰りの時間になり、Mrs Hが子供達を順番に親元へ返している間、ママとMrs Sがクリップボードを持ってどこかへ行ってしまった。僕には何も言わずに。

僕は置いていかれたと思いパニック。

ママと、Mrs Sがブルークラスから戻ってくると、僕はドアに張り付いて、泣いていた。

ママは始めて、僕の事をすっかり忘れていた事に気が付いた。

ママとMrs Sになだめられて僕はようやく泣きやんだが、とんだ一日だった。

posted by なんでさん at 19:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活(Year 1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月08日

ママがヘルパー(2)

2006年10月18日(水曜日)

昨日に引き続き、ママが学校に手伝いに来た。

本当は木曜日のはずだが、僕たちの本の作成を、今週中に先生が終わらせたかったため、今日も手伝う事にした。

僕は、絵の部分は全部終わったので、文章を書いている子供達のテーブルに座っていた。

ママは、まだ絵が終わっていない子供達のテーブルを手伝っていたが、今日も僕は分からない事があったので、ママの所に助けを求めに行った。

僕は、He ate two ………….
   He ate three ………...
   He ate four …………
   He ate five …………
の 数字のところを指差しながら、ママにの耳元で囁いた。

「What does it say?」 僕はもう学校ではママにはほとんど英語で話す。

ママは、それぞれ、two、three,four five,と教えてくれて、僕は横に数字で2,3,4,5と書き込んで、あとはおとなしく席に戻った。

本当はまだまだ分からない事が一杯だったが、特にスペリングが、ママも忙しそうだし、先生には、もちろん聞けずに、適当に書いた。

ケーキは、cec, りんごは、apol 耳で聞いた音のままに書いた。

その後は、他の子供達はホールに校長先生の話を聴きに行き、僕はMrs Sといつものセッションの部屋へ行った。

今日も、保護者面談の日だったので、その間、先生たちは準備をすることになっていた。

ママは、僕たちの作品を厚紙に貼る作業を黙々としていた。

僕の作品を見ていると、僕はまだ文章を書いていないものがあったので、先生に、
「オラ二オスは、まだ終わっていないみたいですが、、」と言ってみた。

すると、「It’s difficult」と言う答えが返ってきた。

それだけで、察しが付くので、ママはあえて何も言わなかったが、教えるにも、僕が何も言わないので、何が分からないか、分からず、難しい、ということだろうと思った。仕方がない。。

僕は、Mrs Sとのセッションが終わると、ホールに連れて行かれ、他の子供たちに混じって、校長先生のお話を聴いた。

Mrs Sは教室に帰ってくると、今日はかなり良いセッションだったと、ママと先生に教えてくれた。

僕は、Mrs Sの耳元で囁く一歩手前まで近づいた。ハーモニカを吹いたり、MRS Sの髪の毛で三つ編みをしたり、結構楽しく過ごした。

授業が終わって、僕とママが帰ろうと廊下を歩いていると、Social Skillを担当しているMrs Mにあった。

Mrs Mはママに、僕がいつもMrs Mが首から提げている笛に触って、興味を示しているので、
「Can I blow your whistle?」と、言ったら、吹かせてあげるって言っているのよーー、と

いつもの笑顔で、ママに教えてくれた。

ママは、そんなことをSMの子供に言っていいのか?と思いながらも、僕がMrs Mになついている様子を見て、そのうち本当に言い出すかも知れないと、前向きな気持ちで、学校を後にした。

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2007年02月07日

保護者面談(1)

2006年10月17日(火曜日)

Year1になって最初の保護者面談。

ママの時間は3時半から。それまで僕と一緒にママは廊下で待っていたが、時間になると、ひとりで教室に入っていった。

僕も中に入りたがったが、先生にも廊下に居るように言われ、次のRちゃんとRちゃんのママと廊下で待っていた。

面談では、僕の緘黙のことや日常の細かい事はすでに話したので、とりあえず、学校での授業の様子から話し始めた。

まず、数字には強く、言わないながらも、手で示したり、書いたりして、答えを教えるので、特に問題はなさそうだが、声を出していってもらわないと、評価できないものもあるので、まだはっきりとはいえないが、と言う事だった。

それから、やはり一人では作業が出来ないので、いつも誰か(大人)が側に付いて一緒にやらなければならない。

僕はいつも何かにつけて悲しい顔を書くので、学校は楽しくないのか?ともきかれた。

僕は、学校へは行きたくないとは言っているが、それは去年に比べて勉強が多くなって遊びが少なくなったからで、学校へ行く時間になると別に嫌がらずに行く。

ママが、このことを告げると、先生は、安心した様子だった。

とにかく、新しいクラスにもそれほど問題もなく落ち着いた様子なので、このまましばらく週に2回のMrs Sとのセッションを続け、先生とMrs Sが場面緘黙症のコースに行くまで(11月)様子をみましょう、というようなことを話しているうちにあっという間に持ち時間の15分も終わりに近づいた。

最後に、僕のReadingをテープに録音してくれるようにお願いされた。それで、僕のレベルを見直すつもりらしい。

今、僕はレベル1で一番低いところにいる。正直言って簡単すぎて飽きてきたので、上のレベルにいけたら、うれしい。

それから、先生がママに、今日の午後手伝ってくれた御礼をいい、これに懲りずにこれからもよろしくと言って面接は終わった。

子供達がいかにうるさいか分かられて、ママがもう手伝いに来たくなくなったのでは?と、先生は、思ったのかも知れない。

毎日朝から付き合っていたら本当に大変そうだが、ママは結構楽しんだ。僕の様子もみられるし。

でも、その日はさすがにどっと疲れたようで、僕にお話を読んでいる最中に、僕より先に寝てしまった。

posted by なんでさん at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活(Year 1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月05日

ママがヘルパー(1)

2006年10月17日(火曜日)

いよいよ今日からママのヘルパー開始。

約束の時間、1時10分に学校へ行くと、僕たち子供はまだ外で遊んでいた。
ママは僕を探したが、見つからなかったので、そのままオフィスへ向かい、サインをして、イエロークラスへ入っていった。

ママは初めてなので、ちょっと緊張気味。一体何を手伝うんだろう?

教室には、TAのMrs Sが居て、僕たちは、Hungry Caterpillarの本を作っているから、ママもそれを手伝うようになるでしょう、と教えてくれた。

先生も昼休みが終わって、教室に入ってきて、今日は忙しいですよーーー、と言いながら、僕たちを迎えに外へ出て行った。

1時15分、午後の授業の始まり。

僕は教室に入ると、ママが居たのでちょっと恥ずかしかったが、ホッとした。
そして、ママの所に駆け寄って、ママの手を握った。

でも、すぐにコートを掛けに廊下へ行くように言われ、しぶしぶママの所を離れて、子供達の後に続き、コートを掛けに行った。

先生がどうしても今週中に本の作成を終わらせたかったので、いつものQuiet Readingはお休みで、全員カーペットに座って、出席をとり始めた。

出席番号(苗字のアルファベット順)が一番の子供から順番に番号をいっていく。

僕は7番。One,Two,Three, Four, Five, Six、いよいよ僕の番だ。

パチーン。そして、Eight, Nine、、、、と続いていった。僕は、去年のクラスとおんなじに、手をたたいている。

全員が終わると、二人の子がレジスターのノートをオフィスに持って行き、残りは、それぞれのテーブルについた。

先週からはじめた本の作成の続き。

子供によって進度がまちまち。ほぼ完成の子も居れば、まだまだ程遠い子供もいる。

僕もまだまだ完成には、程遠かった。

ママは、僕のテーブルではなくほかのテーブルについて、作業を手伝った。
が、僕は、本当はどうしたらいいのかわからなくて、困っていたので、ママが来て、ようやく聞ける人が出来たので、他のテーブルにもかかわらず、ママのところへ行った。

ママの耳元で、「I don’t know what to do」と囁いた。

ママが僕の顔を見ると、どうしていいかわからないから必死に助けを求めているような顔をしていた。そして、はっと!した。

この子は、何をしていいかわからなくても、先生にも誰にも聞けないでいたんだ。

自分がヘルパーになることをすごく喜んだのは、ママが学校に来る、と言うだけでなく、聞ける人が出来たことも大きな要因だったに違いない。

今まで、一体どうしていたんだろう?と思うと、胸が痛んだ。

僕は、ママに教わって、好きな食べ物を撰んで、それを5個描くように言われ、アイスクリームを5個描くことにした。

そして、紙をはさみで切ったりちぎったりして、貼り付け、先生に見せに行った。

ママが様子をみていると、僕は先生の所に行って、先生の背中を軽くたたき注意を引き、先生に僕の作品を見て貰うように、出来たものを指差した。

が、先生は何を描いたかわからず僕に聞いたが、僕が指をくわえて何も言わないので、困惑した様子。仕方なくママに聞いて、ようやく、それがアイスクリームだということがわかった。

新しいクラスにも慣れて、大丈夫そうだと思っていたが、意外な落とし穴だった。

その後は、また次の作業に取り掛かっている僕を心配しながらも、ママは他の子の手伝いに戻った。

実に、みんな言いたい放題である。

「自分はこれやりたくない。」「じっと座っているのやだー。」
とか、わいわい、ざわざわ。

先生も大変ダー!

でも、少なくとも、子供達が何を思っているのかがわかるが、僕のことは、難しそうだ。先生が、僕の思っていること、したいことを予想して、質問するしか、今の所は手はない。実に根気がいることだ。

いつになったらこの状態が改善できるんだろうか?

ママが働きながらそんなことを考えているうちに、午後の授業もあわただしく、あっという間に終わって、帰りの時間になった。

今日は保護者面談の一日目でもあった。

僕とママは、一番目だったので、そのまま廊下へ出て、先生が準備できるのを待っていた。
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2007年01月29日

ハーベストアセンブリー

2006年10月6日(金曜日)

今日のアセンブリーに来るために、昨日の夜パパが来た。

僕は、うれしくてちょっと夜更かししてしまったが、朝の目覚めもよく、パパの車に乗って、いつもの時間に学校へ行った。

今回のアセンブリーはYear1 Year2だけの発表で、保護者もY1とY2のだけだった。

保護者が講堂へ入り落ち着くと、いよいよ僕たちの入場。

Receptionのクラスの子供達が先に入り、Y1,Y2と続いた。

僕は、講堂に入るとすぐにママとパパを探した。

いたいた!前から3番目ぐらいの列の端っこに立っていた。

僕が手を振ると、パパとママも手を振ってくれた。僕もこれで安心して、他のお友達と一緒に床に座った。

校長先生の挨拶から始まり、進行係のRedクラスの先生にバトンタッチされ、ハーベストアセンブリーは始まった。

プログラムの内容は以下のとおり。

Mrs Parry Welcome and Introduction

All The farmer comes to scatter the seed

Red class It’s Harvest time today

Blue & Green A poem – the silver rain

All Bread on the table

Yellow Harvest basket

Choir A Harvest round

Blue & Green A windmill in Old Amsterdam

All Harvest samba

Mrs Parry Harvest appeal – St Paul’s community Trust


僕はイエロークラスなので、プログラムの半ばぐらいが出番だ。

全員で歌うとき、ほとんど聞こえないくらいの小さい声だったが、歌った。

さー、いよいよ僕たちの番だ。

まずイエロークラスが全員たち、音楽の先生のギターに合わせて、短い歌を歌った。そして、僕はバスケットを持って、最初のふたりが、I’m a carrot. I’m a potato といって僕のバスケットに、紙で作った野菜を入れて、座った。

また、次に同じ歌を歌って、2人がまたI’m 000.と言いながらバスケットに紙の野菜や果物を入れていく。

僕は、周りの心配をよそに、Mrs Sの助けも借りずに、はにかみながらも、堂々と、歩いて、子供達から収穫物を回収した。

途中、レモン役の男の子が、I’m a lemon!と言うと、会場がどっと沸いた。

ママは、笑いについていけなかったが、後で、レモンには、くだらない、つまらない、まぬけ、などの意味もあることを知り、納得していた。

僕はみんなの笑いにも動じることなく、最後までやり遂げた。

終わった子供は次々と座っていくので、最後の2人と僕だけがずーっと立っていて一番注目を浴びた事になった。こんなに長く、人目ににさらされたのは初めてだったが、途中で泣き出しもせずに、最後まで出来た!

僕は、無事大役が果たせてホッとした。 僕だけでなく、パパもママも僕も、そして先生方も、ホッとしていたに違いない。

その後も、他のクラスも良くやって、最後は大拍手をもらい、アセンブリーが終了した。

退場の時に、僕はまたママとパパの居るところをちらちらみていたので、先生もママ達の方をみて、僕は良くやった!と言う意味で、親指を立てて、うれしそうに微笑んでくれた。

そして、そのあと、去年の僕のクラスのTAだった、Mrs Sが僕のところに来て、
「 You were great in Harvest Assembly!」

とシールの上に書いて僕の制服に張ってくれた。

Mrs Sは、僕がファーマーの役を堂々とやっているところをみて、涙ぐんでたそうだ。

去年のことを思えば、僕もずいぶん成長したものだと、感慨深かったんだろうな。

posted by なんでさん at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活(Year 1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月16日

F ちゃんの誕生パーティー

2006年9月30日(土)

10時に、バレーが終わるといったん家に帰り、着替えをして11時からの誕生パーティーに出かけた。場所は、Play Bayという室内の遊び場で、そこでのパーティーはこれで3度目だった。

ママはすごく具合が悪かったにもかかわらず、パパは僕について誕生パーティーに行くのはいやだと言うので、ママは、薬で、何とか持ち直し、僕についていてくれた。

案の定、僕はなかなかなじめなく、ママを引っ張りまわしていた。

土曜日だったので、パーティーに来た子供達だけでなく、普通に遊びに来た子どもや保護者がたくさんいたので、余計に、僕は不安だった。

ママは、他の人たちにうつすといけないので、僕の見えるところにいるからと、すこし離れたところに座っていた。

それでも、僕はしょっちゅうママの所へ戻って、腕を引っ張り、まま、まま、としがみついていた。

ママも、ちょっとうんざり。あー、他のお母さん達みたいに、僕を置いていけたらどんなに楽だろうと、心の中で思ったりもした。

そのうちに、僕の一番の仲良しのPちゃんが来て、僕もようやくママから離れて遊べるようになった。

お昼だったので、おなかがとてもすいて、遊びながらも食べ物のことばかり考えていた。

ようやく、みんな席について、お昼を食べ始めると、僕も、食欲はばっちり。もりもりいろんなものを食べた。特にお菓子は、また、ここぞとばかりに一杯食べた。

おなかも満足して、僕はまた仲良しのPちゃんにくっついてダンスしたり、きゃーと叫んだりして、思い切り遊んだ。

そして、主役のFちゃんのお姉さんが、ダンスをする部屋にはいってきて、P ちゃんに
「あなたは、Pね!」と言ったので、僕も、そのお姉さんに、僕は?僕は?と言うように、自分のことをゆびさした。

「あなたは、オラ二オスね! 妹がクラスの写真を見せてくれたから、みんな名前、わかるわ。」 と、僕の名前もちゃんと言ってくれたので、うれしかった。

初めて会った人に、自分からそんなふうに接するなんて、珍しいと、側で見ていたママは思ったが、これも、楽しく遊んでいたので、バリアもはずれ自然にできた事なんだなーと、うれしくも思った。

パーティーが終わりに近づくと、他のお友達のおかあさんやお父さんが迎えに来て、それぞれパーティバッグをもらって、帰っていった。

僕は、おなかが一杯にもかかわらず、バッグの中のケーキも家に帰る途中で食べてしまった。

僕は楽しく過ごせたけど、ママは、具合が悪くて辛そうだった。

僕ももう少し大きくなったら、ママがいなくても一人でいられるようになるかな......

posted by なんでさん at 14:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 学校生活(Year 1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月04日

何で泣いてるの?

2006年9月19日(火曜日)

ママがいつもの時間に迎えに来て、教室をのぞくと、僕が机に突っ伏して、ひくひく言っている様子が見えた。その横では、アシスタントの先生が僕の背中をさすり慰めている。

あれー、また泣いている!困ったやつ。

でも、ママは特に心配もしないで事の成り行きを外から見守っていた。

アシスタントの先生が、振り返りママを見つけると、教室のドアを開けて、僕が泣いているんだけど何で泣いているかわからないから聞いてくれ、とママを中に入れてくれた。

僕は、ママが入ってきても泣き止まなかった。 ま、僕はそんなに大声で泣くわけではないからみんなの邪魔になるというわけでもなかったので、先生も他の子供達もいつものことをしていた。

子供が3人前に出て、他の子供達は、頭を下げて、親指を上げていた。そして前に出ている子供達の一人が、誰かの親指を下ろしに来る。 みんなかおを突っ伏しているので誰がやったかわからない。
たまたま、その日は僕のところにも来た。

先生も、僕が泣いているにもかかわらず、僕に誰がやったか聞いてきた。

僕くは、僕の指を下げたとおもったをこの指差したときにうなづいた。それはあたりだった。

これは、Heads-up, Thumbs-down という遊びで、一日の終わりに、時々やる。目的は?よくわからない。

それが終わると、先生が子供達を一人一人教室から出し始めた。

ママは、僕が何で泣いているか、聴きだそうといろいろ質問してきた。

おなか痛いの?誰かにたたかれた?どっかぶつけたの?????

ママが来ないと思ったの?

僕はうなづいた。 でも、ママはいつもの時間時来たし、アシスタントの先生も、いつも僕は帰る時間になると、窓からママを探すし、それで泣くような事はない。 でも、今日は急に泣き出して、椅子で足を踏んだのかとも思いました、と心配していた。

僕は何もいわないので、こういうときは先生方もおろおろしがちだ。

ママも、僕の理由には納得がいかなかったが、ま、後で家に帰ってもう一度聞いてみます。と先生に告げて、僕たちは家に帰った。

家に帰ると、ママは、何で泣いたの?とまた聞いてきた。

僕は、もういいのにーと思いながら適当な理由を挙げた。

 ママが来ないと思った。
 教室にある、骸骨の模型が怖かった。
 おなかが痛かった。

どれも信憑性にかけるが、もういいだろうとママもあきらめた。体のどこも悪くないし怪我もしていない。

新学期が始まって、そろそろ疲れが出てくる頃だったのかもしれない。
posted by なんでさん at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活(Year 1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月19日

クローバーベアー

2006年9月14日(水曜日)

クローバーベアーの順番がいよいよ僕のところに回ってきた。本当は明日の予定だったが、主席番号が僕の前の子が休んだので、今日になった。

僕はひそかにこの日が来るのを楽しみにしていた。

クローバーベアーとはぬいぐるみの熊のことで、白地にクローバーの模様が付いているのでこうよばれている。

去年、Mrs Hが初めて担任を受け持ったイエロークラスで使っていて、それを引き続き今年も使用している。

何回も洗濯されただろうが、薄汚れてきた。 が、それでもこの熊は人気者。僕がクローバーベアーセットを持って教室から出てくると、いろんな人に、「今日はあなたの番ね。楽しみね。」とか、羨ましいそうな顔をする子もいて、僕はちょっと誇らしげな気持ちになった。

僕はクローバーベアーを袋から取り出して、家に帰るまでずーと持っていた。途中、猫にあいさつしたり、お花のにおいを嗅いだり、楽しい帰り道だった。

家に帰ってそのセットを開けてみると、

Clover Bear’s Dairy と 使い捨てカメラが入っていた。

日記のはじめには、クローバーベアーからのお願いが書いてあった。
僕がしなければならない事は、

 クローバーベアと一緒にしたことを絵に書く。
 その下に簡単にその絵の説明文を書く。
 使い捨てカメラで、写真を2枚撮る。

僕は早速大好きなTV番組をクローバーベアーと一緒に見た。それは、Underground Ernie といって、ロンドンの地下鉄のアニメ。たった10分だけど、僕はこれが大好き!
途中、クローバーベアーをTVの上に置いて、僕が側に立ってママに写真を撮ってもらった。

それが終わると、庭に出て、滑り台で遊んだ。その様子もママが写真に撮ってくれた。

そして、日記にはTVを見ている絵と滑り台の絵を描いて、ママが、その説明文を簡単に書き、僕がその下にまねをして同じものを書いた。 クローバーベアーがそうするように勧めていた。
そうでもしないと何が書いてあるかわからないからだろう。

しなければいけないことをすべて終えると、僕はその熊をどこにでも持ち歩いて遊んだ。クローバーベアーになりきっていろいろお話もした。

ママは他の事をしながら黙って聞いていたが、ふと、僕の言った事が気になってちょっと注意して聞いていた。

そのとき僕は、バナナを受話器のかわりにして、クローバーベアーの耳にあてて電話で話をしているふりをした。 もちろんクローバーベアーになりきって。 僕が言った事とは、

「I can’t wait to see you tomorrow,good-bye!」とかそんなこと。

ママは、へーそんなこと一体誰に話しているつもりなんだろうと、「誰にお話していたの?」と聞いてきた。僕は「Mrs H」と答えた。

Mrs Hは僕の担任だ。いくらクローバーベアーになりきっているからといって、僕の口からこんな言葉が出るとは。そのことと、半そでのことといい、Mrs Sのことといい、僕も新しいクラスになじんでいる証拠だな、と、ママはうれしく思った。

お風呂に入るときも、寝るときもクローバーベアーを側に置いた。
先生が、クローバーベアーは、ココポップ(シリアル)が大好きで、夜中に一人でお店に買いに行くかも知れないからちゃんと見張ってて、といわれたので、一人で置いておくわけにはいかなかった。

次の日の朝、クローバーベアーはちゃんと僕の側で寝ていて、一人で外に出た気配もない。
僕はちゃんと任務を果たす事が出来て、ホッとした。

クローバーベアーセットを確認して学校にいくと、先生が、「クローバーベアーはおりこうさんだった?」と聞いてきたが、僕は何もいえなかった。

クラスでも、クローバーベアーとのことを発表しなければならなかったが、先生が僕の日記を見ながらみんなに説明してくれた。

クラスでの発表は今は出来ないが、僕はクローバーベアーが大好きだ。次の順番がまわってくるのは、実に6週間後。

そのとき僕は、クラスで発表できているだろうか?

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2006年09月14日

半袖とMrs S

2006年9月13日(水曜日)

今日も朝から、いいお天気だった。

いつものように, 朝ごはんもだらだら食べて、早くしなさい!とのママの小言を聞きながらも、僕は、ぼーとTVを見ていた。

だんだん、学校へ行く時間が迫ってきて、そろそろママの爆弾が落ちる頃になって、僕はやっと思い腰を上げて、制服に着替え始めた。

ママは、僕が珍しく自主的に黙って一人で着替え始めたので、ちょっと驚いたが、黙って僕の事を見てみぬふりをしていた。

ママが、長袖を二階から持ってくるのを忘れたから持ってくるね!というと、僕は、

「でも、また脱がなくちゃいけないから、着なくていいよ!」と何気に言った。そして、
「後で寒くなって着なくちゃいけなくなるかもしれないから、ブックバッグに入れてー」

ママは、一瞬、耳を疑った!

長袖着なくていい! 昨日までは、長いのーって言ってたくせに。
最近は暑い日が続いているので、迎えに行くと長い制服は脱いではいたが。 

でも、それにしても朝から、そして自分から着なくていい!なんて、あんなに暑くても、長袖を着て自分をカバーしたがっていたのに。

すごい進歩である。

ママはこんな事を思いながらも、驚きもうれしさも隠して平静を装い、長袖を二階から持ってきてかばんに入れた。

そして、何事もなかったように、いつものように学校に向かった。

途中、僕のクラスのアシスタントの先生、Mrs Sが歩いているのが見えた。
声をかけるには、ちょっと遠い距離だった。でも、走ったら追いつかない距離でもなかった。

ママは、「Mrs Sにハローしてみる?」と僕に聞いてきた。
僕は、するともしないとも言わないで、一人で走り出した。

ママのところを振り返りながらも、MrsSの後を必死に追いかけた。
気づいてくれるように、パタパタとわざと音が出るような走り方をした。

そしてやっと追いついて、Mrs Sが気がついてくれて、ハロー、オラニオス!って言ってくれた。

僕は、何もいえなくて、もじもじしただけだったが、ハローといいたい気持ちを行動に移せた事だけで、満足した。

後から、はーはー言いながら追いかけてくるママを待って、また学校に向かった。

学校の校庭に行くと、またいつもの僕に戻って、ママの耳元で、
「あとで迎えに来る?遅くならない?」と囁くだけになってしまったが、それでも、僕の中で何かが変わりつつあることが感じられた出来事だった。
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2006年09月09日

三つ子の誕生パーティー

2006年9月8日(金曜日)

僕のクラスには三つ子がいる。男一人、女2人。
夏休みになる前に招待状をもらって、今日がその誕生パーティーだった。

僕はパーティーを楽しみにしていた反面、見たいTV番組もあったので、行きたい気持ちは半分くらいだった。が、ママに促されて学校が終わるとそのまま着替えずに会場へ向かった。

その会場はインドアプレイエリアとでも言うべきか。ビーチの側の建物の地下にあり、時間どうりに行ってみると、まだ始まっていない様子。でも、クラスの子何人かはすでに来ていた。僕も始めての場所ではないが、何だか前とは様子が違い、とても不安でママから離れられなかった。

というのも、昨日僕はこのパーティーで、ママがいなかったので泣いた夢を見た。それだから余計不安になり、ママにへばりついたまま。

ママはこうなる事を予想して、カバンをリュックにして身軽に動けるように準備していたが、前の時に比べ僕がくっついて離れないのには閉口した。

前回ここに来た時は、僕の一番のなかよしの子のパーティーだった。だから僕はママさえ見えれば、側にいなくても平気だった。

でも、今回はその子もいないし、メンバーも前回とあんまり代わっていないが人数も多くなっている。
僕は、本当に怖くなって、トイレに行った。もちろんママも一緒だ。 でも、本当は、用を足しに行きたかったわけではなかった。ただそこで、パーティーが終わるまで隠れていたかっただけだ。

「パーティーは何時に終わるの?」と僕が不安げに聞くと、ママも僕の気持ちを察し同情してはくれたものの、親子でトイレに隠れていられるわけがない。しぶしぶ手を引かれてトイレから出ると、もう一人の仲のいい女の子が来たので、僕は急に顔がぱーっと明るくなり、元気になった。

パーティーが始まると、始終その子と一緒に遊んだ。でも、ママからも離れなかった。

お菓子を食べるときもずっとママに側に座ってもらったし、もっと食べ物が欲しいときもママに付いてきてもらった。前の時は一人で出来たのに。これは一体何なんだろう。

人がいっぱいいたからか? クラス替えがなかったとは言え、まだ新学期が始まってから4日しか経っていない。長い事会ってないとただでさえはずかしいから、なんとなくまだぎこちないのか?やっぱり、僕の一番の友達がいなかったからか?

それでも僕は楽しかった。他のお友達と、キャーキャー叫んだり、ディスコでも踊りまくった。もっとこんな機会が多くあれば、僕もママが居なくてもほかの子供達と遊んでいられるようになるかも知れない。

そんな日が一日も早く来て欲しい。ママは、そう願わずにはいられなかった。

パーティーが終わって、外に出ると、途端に僕はしゃべりだした。周りを歩いている人達にも聞こえるくらいの大きな声で......。




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2006年09月06日

新学年の始まり

2006年9月5日(火曜日)

長かった夏休みも終わり、僕は一年生になった。

朝学校に行くと、見慣れた顔があちこちにあった。 僕の前の担任とアシスタントの先生は、心配そうに教室から校庭を覗いていた。

今度からは、直接教室には入らないで、まず、校庭に並んで違う入り口から入っていく。

始まる時間が近づくと、新しい先生と僕のキーワーカーになるMrs Sが出てきた。Mrs Sはすかさず僕のところを見つけやってきた。挨拶を済ますと

「オラ二オスは学校に来るの大丈夫でした?」とママ聞いた。
「全然問題なく、特に嫌がりもせずにいつもどうりに来ましたよ。」
「それは良かった!」

Mrs Sは僕にもいろいろ聞いて来たが、相変らずうつむいて何も答えなかった。

ママが、僕の治療プログラムもまた再会するのか?ときいてみると、Mrs Sもはっきりとはわからないが、子供達が新しい環境に慣れてきた2,3週間後からまた始めるでしょう、とのことだった。

僕は日本では本当にうるさかった。周りに誰がいようと歌ったり、しゃべりまくったりで、大変だった。 ところが、誰かに向かって話す状況になると、ぴたっと黙った。
誰かが質問したりしても、首を振るかジェスチャー以外では何も答えられなかった。ママが側に居る時はママに向かって普通の声で答えたが。

特に知らない人たちにもはずかしがることもなく、人の家にいってもずうずうしく家の中を散策したりしたし、お客さんが来たら、そのすぐ側に座って電車で遊んだり、お菓子を勧めたりした。

そんな感じだったので、ママも僕の緘黙症はほとんど忘れていたに等しい。

が、学校が始まった。また現実に引き戻される。僕はどんな風に変わっていくのだろうか?

いよいよ中に入る時間になった。僕はママの耳元でいつものように囁いた。

「ママ、後で迎えに来る?遅くならない?」

ママが、大丈夫よ、と言うのを聞くと、僕はママの所を振り返りもせずに、みんなの後について行った。





posted by なんでさん at 21:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 学校生活(Year 1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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