2007年12月19日

賞状をもらう

2006年11月26日(日曜日)

夕方にバレーのスタジオで、試験に合格した人たちへの、賞状の授与式が行われた。

僕も合格したので、試験のときに来たユニフォームをまた着て、パパとママと出かけた。あたりはすっかり暗くなって、ちょっと怖かった。

スタジオに行くと、子供達だけでなく、保護者も一杯で、僕はちょっと不安になったが、ママが僕のすぐ後ろにすわっていたのでちょっと安心した。

いよいよ、プレゼンテーションが始まり、最初は、僕達ちびっ子部門からだった。

いきなり、「オラ二オス クリストドゥルゥ」と一番に僕の名前が呼ばれてしまった。呼ばれた人は前に出て行かなければならない。

ママは、内心、よりによって僕が一番なんて、先生に、友達と一緒にお願いしますって、言えばよかったと、後悔。 僕がためらっているのを見て、自分も一緒にいっても良いですか?といおうとしたときに、またもう一度、僕の名前が、呼ばれた。

僕は、ママのところをもう一度見て、大丈夫だよ、と言うままの表情をみて、立ち上がり前へ出て行った。

先生から賞状とメダルをもらい、先生と一緒に写真を撮ってもらうまで、恥ずかしくて、緊張はしたものの、泣きもせずに、無事に僕の番が終わり、みんなからたくさんの拍手をもらった。

去年、学校でゴールデンルールの表彰の時に、前に行くのを嫌がって大泣きした事を考えると、また、すごい進歩だった。
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2007年09月28日

パラが来る

2006年11月24日(金曜日)

その夜、僕が寝てから(ママも)11時ごろに、パパが来た。
ママは、音がしたので、眠い眼をこすりながら下に下りていくと、パパがかごから、子猫を出しているところだった。
小さなかわいい三毛猫。その猫は、物怖じもせずに家の中を探索し始めた。

かごの中にずっと閉じ込められていたので、開放感であちこち見て周っているんだと、ママはパパに言うと、車の中でかごから飛び出し、あっちこっち飛び回っていたらしい。パパの肩にもちょこんとのったりして、その姿を想像すると、かなりこっけいである。CCTVにあやしい頭の運転手が撮られていたかも知れない。

パパとママは、僕の喜ぶ姿を早く見たかったが、真夜中なので、僕の寝ている側にそーーと猫を置いて、小声で“猫がきたよー”と言って、朝までのお楽しみにするつもりだったが、僕は起きてしまった。そして、子猫が僕のすぐ眼の前にいるのを見てしまってからは、もう興奮して、朝まで眠れなかった。



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2007年06月06日

合格


2006年11月18日(土曜日)

朝,いつものようにバレーのレッスンに行った。

僕がスタジオでバレーを習っている間、ママがスタジオの外で待っていると、先生がママのところにやってきて、

「オラ二オス無事に合格しましたよ。HCです。本当によくがんばりましたね。」

と、試験の評価が書かれた紙を渡してくれた。

HCとは何ぞや?と思いママは早速辞書で調べてみた。

それは、Highly Commended の略で、Be highly commended で、激賞されるという意味だそうだ。 4段階で一番いい評価。

評価の対象は5つの項目に分かれており、
1) Exercise
2) Steps and Co-ordination
3) Musical Response and Sense of Movement
4) Presentation
5) Dance a Story

僕はこのどれに対しても、Very Goodをもらった。


ママは、だめ元で、これも何かの練習と思い受けさせたが、こんなに良い結果になるとは夢にも思わず、本当にうれしかった。

僕は、試験というのもよくわからず、ただ先生を見ながら他のお友達と踊っただけなのに。

名前がいえなくても原点されずに無事合格できた事はホッとしたが、いつかはちゃんと名前が言えて、ハンデもなしに合格できる日が来るといいなと思った。


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2007年04月23日

MちゃんとのSkype

2006年11月5日(日曜日)

バレーの試験の後は、カナダに行ったMちゃんとSkype で話をする予定になっていた。

時差があるので、僕達の時間で午後6時。向こうはまだ午後の1時らしい。

夕方だし、バレーの試験で僕が疲れていないか、Mちゃんのママは心配してくれたけど、僕は楽しみに待っていた。着替えまでして。

僕が、女の子のドレスにとても興味があって、ピンクのドレスが欲しいと、しつこかったので、ママは安いピンクのパジャマを買ってくれた。

僕はそれをMチャンに見せたくて、それに着替えて準備していた。

そしていよいよ約束の時間。

ぽっぽこ、ぽっぽこ、、と言うおかしな音がママのコンピューターから聞こえてきた。

僕達がいっせいに2階に走っていくと、案の上、Mちゃんのママからだった。

Answerをクリックすると、懐かしい声、懐かしい姿が見えてきた。

「ハロー、オラ二オス!」

その声を聞いた途端、僕は急に恥ずかしくなって、何もいえなくなってしまったが、ちゃんとカメラの中には納まる位置にいた。

ほとんどママがしゃべったが、Mちゃんの質問に、
 「Yes, Pちゃん」とだけは小さい声で、何とか答える事が出来た。

その後は、僕はバックグラウンドに回って、ロンドンの猫の名前をしきりに繰り返していた。
「クリオ、クリオ、クリオ」と、結構大きな声だったので、Mちゃんと、Mちゃんのママにも聞こえていた。多分、初めて僕の声を聞いたと思う。

僕達には、M達が、見えたのに、向こうは僕達が見えなかったので、Mチャンがご機嫌斜めになってしまい、最初のSkypeは10分ぐらいで終わった。

僕は、ピンクのドレスを見てもらえなくて残念だったが、Mチャンの顔が見られて、うれしかった。

カナダってどんなところだろう? London と日本の次に、行って見たいな。

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2007年03月07日

Science Museum(3)

2006年10月25日(火曜日)

ロンドンの地下鉄のマークの方へ歩いていくと、すぐに右に曲がらなければならなかった。そして、また、左へ。

すると、すこし先に大勢の人が列を成してゆっくり歩いているのが見えた。

黄色いジャケットを着た人が、しきりに、「サイエンスミュージアムに行く人は右へ寄ってくださーーーーい」と、メガホンで叫んでいる。

一体何事だろうと思いながらも、ママは僕を連れて列に並んだ。

左側は空いていたので、僕はママの手を引っ張って、そっちの方へ行こうとしたが、ママの心はもうサイエンスミュージアムしかなかったので、ママにまた引っぱられ、ぞろぞろと進む列に戻った。

途中、Victoria and Albert Museumへの入り口が見え、ママがこっちにしようか?と僕に聞いたが、僕は首を横に振った。

また、すこし行くと、Natural History Museumへの出口も見えた。
「オラ君、恐竜さんみたくない?」

ママも、この列にはうんざりして、そっちへ行きたくなったが、そこも、階段から人が並んでいて、行く気が失せた。僕も、恐竜は怖そうなので行きたくなかったし。

カメのようにゆっくりと進みながら、ようやく地上へでる事が出来た。

ハーフタームと、催し物をやっていたので、この混みようだったのだ。

中に入ると、やっぱりひとひと人。。

ココまで着たからにはすぐに帰るのももったいない。

ママは僕の好きそうな、宇宙のセクションに僕を連れて行ってくれた。

Planet の写真や、宇宙飛行士など、興味深かったが、僕もうんざりして、あまり立ち止まらずに。さっさと次のところへ向かった。

次に行ったのは、地下で、いろいろ面白い事をやっているところ。

不思議な鏡(手をかざすと鏡の中の手が、丁度握手をするようになっている)

入ると、出口がよく分からない迷路のようなところ。

空気入れのようなポンプで、一生懸命空気を入れて、ある物体をどこまで上に上げられるか、等、理科の実験のような、面白いものがたくさんあったが、ここも子供達が一杯で、僕の順番はなかなか回ってこない。

次は、僕かな?と思うと横から他の子が割り込んでやきて、僕の番だよ!といえない僕は、又後回し。

ママも見るに見かね、帰る事を促した。

そのまえに、トイレ。そこも一杯。。

なんだか、展示物を見ているよりかは、人を観に行ったようなもの。

ママも、僕もどっと疲れて、帰路に着いた。

帰りの電車も結構混んでいたが、僕は、電車の中が一番楽しかった。

そして、次の日も電車に乗りたいとママを困らせ、Leicester Squareまで、また電車に乗って行ってきた。

なんだかんだ言っても、クリオに会えたし、電車にも乗れて、なかなかのハーフタームの休みだった。


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2007年02月21日

Science Museum(2)

2006年10月25日(火曜日)

South Kensingtonに着くと、僕たちだけでなく、他にも親子連れがたくさん降りた。駅のホームにもたくさん人がいた。

エスカレーターを上って、改札に近づくにつれもっと人が一杯になった。

一体どうしたんだろう?パパの所の駅はこんな事はないのに。。。

人が多いので、改札もあきっぱなしで、駅員さんたちが人々を誘導している。

僕たちも人ごみの後について改札をでた。それでもまだ駅の構内。ママは早速Museumに、向かおうと出口へ向かった。

すると、何かに引っ張られて、なかなか進まない。何かと思ったら、僕がママのコートを引っ張って、外に出たくないと必死になっている。

「どうしたの?Museumには行きたくないの?」

なだめるママに、僕は一言「行きたくない。。」

「えーーーーー、なんだよー、せっかくココまで来たのに。。。」

と、口には出さなかったが、ママは不満! でも、よーくみると、僕が不安げな顔をしている。

「オラ君、どうしたの? 人がいっぱいで怖いの?」

僕のところを心配しながらも、せっかく来たんだから、Museum には絶対行きたいと思っていた。ママも行った事がなかったので。

僕は何も言わなかったが、外に出るのが本当に怖かった。初めてのところなので、何があるか分からない。

今度は、ママは、反対側の出口から出ようと試みた。

それでも、僕はかたくなに外に出る事を拒んだ。

両方の出口の間を行ったり来たり。おなかもすいてきた。

仕方無しに、ママがサンドイッチを駅の構内のお店で買って、その辺の壁にもたれて食べた。

おなかがいっぱいになれば、すこしは落ち着いて来て、大丈夫になるかもしれないと、ママは思ったが、それでも僕は出たくなかった。

やれやれ、そんなに行きたくなかったら、帰ろうか、と、また改札の方に向かうと、地下道を発見!

そこを通れば、Science Museumだけでなく、他のNatural History Museum やVictoria and Albert Museum へも外に出ずに行ける。

入り口から中を見ると、ロンドンの地下鉄のマークが見えた。
僕はなんだかそっちの方へ行ってみたいという気持ちになった。

ママは、僕が本当に行きたいか、もう一度確認して、地下道向かった。

続く....


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2007年02月15日

Science Museum (1)

2006年10月25日(火曜日)

今週はハーフターム休みだったので、ロンドンに来た。

久しぶりにクリオに会えてうれしかった。しばらく見ないうちに大きくなって、昼間はほとんどお外で遊んでいるので、僕はちょっとがっかり。

それで、僕が地下鉄に乗りたいと言う事もあって、ママは、僕をScience Museumに連れて行くことにした。

そのまえに、日本食を売っているお店に、パパに車で連れて行ってもらった。

ママが、買い物をしている間、僕はパパと一緒に車の中で待っていた。

そして、突然「I’m going to New Zealand by train today!」と言って、パパを混乱させた。

ママが帰ってきてそのことを聞くと、大笑い!

僕は、Museum と言いたかったのだが、New Zealandと聞こえてしまったらしい。僕は、なんだかよく分からなかったけど、パパとママが笑っているので、僕もうれしくなって笑った。

その後、駅まで車で送ってもらい、僕とママは、Science Museumにむかった。

久々の地下鉄で、僕は興奮しながらも緊張して、電車の中ではおとなしかった。

僕が生まれた病院がある、Archwayを通る頃からすこしづつ言葉が出てきた。

「僕は、Archwayで生まれたんだよね!」

Camden Townでは、「ママのお友達の所に行くとき、ココでもう一つの電車に乗ったねー」

と、僕がいろいろ覚えているので、ママもちょっと驚いた。

そして、Science MuseumのあるSouth Kensingtonに行くためにLeicester Squareで電車を乗り換えた。

目的地に行くために乗り換えたのは、Piccadilly Line で、これはHeathrow 空港に行くので、スーツケースや大きな荷物を持って乗り込んでくる人が多かった。

僕たちが立っていたため、席をゆずってくれる人もいたが、僕はドアの側に立っていたかったので、人ごみにもまれながらもじっと黙って、外を見ていた。(地下なので、何にも見えないのだが)

10分くらい経っただろうか、目的のSouth Kensingtonに着いた。

続く...

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2006年09月25日

クリスマス休暇

2005年12月17日(土曜日)〜2006年1月2日(月曜日)

パーティーの次の日は、一学期の最終日。僕は、先生達とスタッフにカードとプレゼントと持って行った。僕がしゃべらないので、何かと手こずらせてしまったので、感謝の気持ちも込めて。

1時半に親達が迎えに来て、いよいよクリスマス休暇が始まった。
ブックバックも学校においてきて、宿題も何もない!

あちこちで、ハッピークリスマス!ハブ ア ナイス ホリデー! という言葉が飛び交っていた。

僕はとうとう、一言も学校で話さずにこの日を迎えた。

SENCOの先生が、クリスマスまでにはしゃべるようになるでしょうと、いう予想を裏切って。

それでも、ママは僕が学校を楽しんでいる事がわかっていたので、あまり心配せずに、時期が来るのを待とうと思った。

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posted by なんでさん at 22:13| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月01日

ダンス学校

毎週土曜日の朝、僕はダンス学校に通っている。
9時半から30分、バレーを習っているのだ。

最初、ママは,僕が少ーしでも恥ずかしがり屋が直るようにと、ドラマスクールに入れようと思っていた。なぜ、ドラマスクールだったかと言うと…、

ママが、昔、日本の雑誌で見た、劇団○○の広告文が印象に残っていたから。

誰かは忘れたが、ある俳優の推薦文だ。

 “僕は、子供の頃恥ずかしがり屋で引っ込み思案だった。それを心配した両親が、僕を劇団に入れてくれた。 それから僕は積極的な明るい性格に変わった…..。”

と言うような内容だったと思う。

それで、僕も恥ずかしがり屋が直るかもしれないと、ひそかに期待していた。

しかし、僕の学校の様子を知ってから、とてもだめだろう、と、あきらめた。

それならば、僕の大好きな歌やダンスが出来るところはないか、探していたところ、僕の友達がバレーを習っているので、僕もやってみないかと誘われた。

ママは、友達が一緒だと僕もなじみやすいだろうと思い、早速、お試しレッスンに行ってみた。

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posted by なんでさん at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月28日

はじめまして

僕の名前はオラ二オス。 何だか神様みたいな名前ねー、と言う人もいたそうだ。 神様とは、ギリシャ神話に出てくる神様の事だと思う。そう、オラ二オスはギリシャの名前。 僕は半分ギリシャ人だから。 名前の意味は、空とかそのようなものらしい。ママは、日本の名前をつけたかったらしいが、ギリシャ軍に圧倒され、この名前に落ち着いた。

僕がロンドンで生まれてから5年と3ヶ月にもなる。 毎日、寝て、食べて、ウンチして、おしっこもして、いっぱい遊んで、いっぱい泣いて、その繰り返しなのに、5年という歳月がすぎたという。 ママが片手でらくらく抱っこできて、何もしゃべれず、歩けもせず、自分ひとりでは何も出来なかった僕が、今では、一人で歩いたり、走ったり、トイレにも行けて、ご飯もたくさん食べて、いっぱいお話も出来るようになった。 そして、何といっても、僕はママの片手どころか両手でさえも、抱っこが苦しくなるほど成長した。 

それでも、僕はまだ5歳。 ママと一緒に居るのが一番大好き!どこに行くにもずーと一緒、そして一緒だった。 しかし、去年の9月に学校に入学してから、僕の生活は大きく変わった。
posted by なんでさん at 21:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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