2007年04月29日

場面緘黙症のコースの報告(1)

2006年11月15日(水曜日)

土曜日から月曜にかけて僕はパパとママとベルギーに行った。

火曜日に学校に戻ったが、午後に、僕のアデノイド肥大のチェックで病院に行かなければならなかったので、午前中で学校を早退した。

それで、今日初めて先生の口から、ママのところへ、コースの報告があった。

先生は、火曜日に、僕のReading Recordに、自分もアシスタントの先生も、本当にコースはすばらしく、ママもこれたらどんなにか良かった事だろう、と書いておいてくれたが、朝、僕が教室に入ったあと、校庭で、ママに話しかけてきた。

「コースはとってもためになって、講師であるマギージョンソンはとてもすばらしかったですよ。週末に、これからのオラ二オスの治療プランを作ったので、放課後に見ながら話し合いましょう。」といってくれた。

先生の口調から、僕は絶対に話すようになる!というポジティブな態度がうかがわれ、ママも目の前が明るくなった気がした。

どんな、計画を立ててくれたのだろうか?

ママは、放課後が待ちどうしかった。
posted by なんでさん at 01:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 場面緘黙症治療(Year 1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月27日

場面緘黙症一日コース


2006年11月10日(金曜日)

ママにとっても先生達にとっても、待ちに待った日が来た。

僕の担任の先生と、アシスタントの先生が、マギー ジョンソンの場面緘黙症のコースに出かけた。

ママは、いろいろな資料を先生達に渡したが、やはり僕だけのためにゆっくり見ている時間はなかったんだろう。

なんとなくわかるものの、場面緘黙症については今ひとつつかんでいない様子で、コースに行けばはっきりするだろう、というような事をこれまでは言っていた。

2人とも一日いなかったので、僕は不安だったが、前々から、この日は先生が2人ともいない、と言う事は聞かされていたので、僕もパニックにならずにすんだ。

代わりに来た先生の一人は、なじみのソーシャルスキルを担当しているMrs Mだったので、僕も心強かった。

去年のクラスの先生達も、このコースに参加した後は、場面緘黙症の事がよく理解できたらしく、僕のこともよくわかってくれたようで、根気強くサポートしてくれた。

今回も先生達がコースから帰ってきた後は、何かが変わるのだろうか?

posted by なんでさん at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活(Year 1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月24日

サウンドライト


2006年11月7日(火曜日)


午前中のサウンドライトの授業だった。

SとZとの発音を先生がみんなに聞いた。

僕にはすぐわかった。他の子もわかる子はすぐに手をあげた。

僕もためらいながらも、控えめに手をそーっとあげてみた。

先生は誰を指名しようかな?と僕達をぐるりと見回した。とそのとき、なんと僕が手を挙げているではないか。

先生は、すかさず、このチャンスを逃すまいと、僕がちゃんと言えるか不安ながらも、僕を指してくれた。

僕は、小さい声で、す、ず、と言ってみた。それは本当に、蚊の泣くような声だったが先生にはちゃんと聞こえたようだ。(僕の口の動きでわかったのかもしれないが)

先生は僕をすごく褒めてくれて、スーパースターと書かれたシールもくれた。


その後の、グループでのサウンドライトのアクティビティーも他の子供達に混じってやる事ができた。

恥ずかしかったけど、思い切って、トライしてみてよかった、と思った。
posted by なんでさん at 19:32| Comment(5) | TrackBack(0) | 学校生活(Year 1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月23日

MちゃんとのSkype

2006年11月5日(日曜日)

バレーの試験の後は、カナダに行ったMちゃんとSkype で話をする予定になっていた。

時差があるので、僕達の時間で午後6時。向こうはまだ午後の1時らしい。

夕方だし、バレーの試験で僕が疲れていないか、Mちゃんのママは心配してくれたけど、僕は楽しみに待っていた。着替えまでして。

僕が、女の子のドレスにとても興味があって、ピンクのドレスが欲しいと、しつこかったので、ママは安いピンクのパジャマを買ってくれた。

僕はそれをMチャンに見せたくて、それに着替えて準備していた。

そしていよいよ約束の時間。

ぽっぽこ、ぽっぽこ、、と言うおかしな音がママのコンピューターから聞こえてきた。

僕達がいっせいに2階に走っていくと、案の上、Mちゃんのママからだった。

Answerをクリックすると、懐かしい声、懐かしい姿が見えてきた。

「ハロー、オラ二オス!」

その声を聞いた途端、僕は急に恥ずかしくなって、何もいえなくなってしまったが、ちゃんとカメラの中には納まる位置にいた。

ほとんどママがしゃべったが、Mちゃんの質問に、
 「Yes, Pちゃん」とだけは小さい声で、何とか答える事が出来た。

その後は、僕はバックグラウンドに回って、ロンドンの猫の名前をしきりに繰り返していた。
「クリオ、クリオ、クリオ」と、結構大きな声だったので、Mちゃんと、Mちゃんのママにも聞こえていた。多分、初めて僕の声を聞いたと思う。

僕達には、M達が、見えたのに、向こうは僕達が見えなかったので、Mチャンがご機嫌斜めになってしまい、最初のSkypeは10分ぐらいで終わった。

僕は、ピンクのドレスを見てもらえなくて残念だったが、Mチャンの顔が見られて、うれしかった。

カナダってどんなところだろう? London と日本の次に、行って見たいな。

posted by なんでさん at 13:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月21日

バレーの試験

2006年11月5日(日曜日)

今までの練習の成果を試す日が来た。

僕達は一番したのレベルなので、先生が付いて、そのとおりにまねをすればいいだけだったが、問題は、始める前に、自分達の名前を試験官に言わなければならない事。

先生もこの事が気になって、僕が名前が言えなかったら減点されるかも知れないと思い、ママに僕がしゃべらないのは、何か原因があるのか?と聞いてきた。

ママが、僕の場面緘黙症の事、学校からもSpecial need として、サポートを受けている事を告げると、それなら、名前を言わなくても考慮してもらえるし、減点にはならないだろうと思うと言ってくれた。

何か証明できる書類が必要とのことなので、ママはスピーチセラピストからのレポートの一部をコピーして、先生に渡し一件落着。

当日は、スタジオに行くと、他にも試験を受ける子達がそれぞれの衣装を着て順番を待っていた。 やはり女の子の衣装はかわいい!僕も着てみたい!とチラッと思うほどだった。

男の子の衣装はと言うと、白のぴちっとしたTシャツに、僕達のレベルは、紺のショートパンツに白いソックス。後はいつものバレーシューズ。
そして、なぜか青いリボンをつけてもらって、準備万端。

いよいよ僕達の番が来て、子供達は一列に並び先生の後についてスタジオの中に入っていった。

戸は閉められ、部外者は中を見ることは出来なかったが、それでも何人かの保護者と自分の番を待っているお姉さん達が、中の様子を立ち聞きしていた。

すると、誰かが、「I’m Ouranios!」って聞こえた!というではないか!

ママは、まさか、とは思いつつも、すこしは期待していたが、それは空耳に過ぎなかった。

僕は、何とか先生の真似をしながら他の子たちと一緒に踊って、10-15分を切り抜けた。

終わってからスタジオを出てママの顔を見たらホッとした。

今回は自分の名前が言えなかったが、ママから離れてちゃんと試験をこなした事はすごい進歩である。

僕はまた一つハードルを越えたような気がした。


posted by なんでさん at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活(Year 1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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