2006年10月29日

Speech Therapist への報告(2)

2006年1月

家に帰って渡された書類に目を通すと、何だか様子がちょっと違う。

親への質問にしては、専門的すぎるし、学校での様子を聞かれているところもある。そんなこと先生から聞いた事ぐらいで、具体的にかけない。

ママは、とりあえず今後の目標を書く欄があったのでそこだけ書いた。

*僕が自信を持って、他の人々と言葉によるコミュニケーションを図れるようになること。

次の日の朝、早速先生にそのことを伝えると、先生はSENCOから渡されたものをそのまま渡したはずだが、もう一度確認して、放課後に伝えるとのこと。したがって、また僕とママは、学校が終わると教室に残らなければならなかった。

放課後、また教室に入ると、今度はMRS Cという、Speach&language をサポートしてくれる人がいて、紹介された。 

Mrs Cの名前はは僕がいつも口にしていて、ママも誰だろう?と思っていたところだった。あって見ると、校庭で待っているときによく見る人で、僕もMrs Cの姿を見るとかけよっていたので、顔だけは知っていた。

僕も彼女のグループでサポートを受けている。しかもMrs C はランチタイムのスーパーバイザーでもあるので、僕と接する時間は結構多い。
そういうわけで、僕もMrs Cにはかなり慣れていた。

僕の先生にMrs Cとここで一緒に記入してくださいと言われ、ママは一緒に机に座った。
保護者用の書類は、前のものとは違って、すごく具体的で親にしかわからない質問がいっぱいだった。

たとえば、僕が生まれたときに何か問題はなかったかとか、身長、体重。
もちろん、スピーチの発達の様子も。

僕が2歳頃から急におしゃべりになって、3歳にもターニングポイントがありさらに話が上手になったと言う事を話すと、側で聞いていた僕の先生が、

「じゃあ、他の子とかわらないわねー」とつぶやいた。
まだ、僕のスピーチが遅れていると思っていたらしい。

そんなこんなで、すべて記入し終えると、ママはMrs Cに聞いた。

ママ「スピーチセラピストに連絡が行ってからは、どうなるんですか?」

Mrs C「まず、向こうから、自宅に直接連絡が行って、多分最初はセラピストが、家に来ることになるでしょう。それからはクリニックで、遊びながら何らかの治療をすると思います。」

ママ「じゃあ、オラ二オスを学校から連れ出して、クリニックへ行かせるよ   うになるんですね。」

Mrs C「多分、そうなると思います。」

スピーチセラピーなんて、僕はちゃんと話が出来るのに、何で?

その頃ママは、スピーチセラピーは、スピーチに問題があるとか(たとえばどもり等)、スピーチの発達が遅れている子とかが受けるものだと思っていたので、とても落胆していた。

何か、腑に落ちない気持ちのまま、セラピストからの連絡を待っていた。



posted by なんでさん at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活 (Reception Year) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月20日

Speech Therapist への報告(1)

2006年1月17日

僕の(大)の事件のあと、またすぐに、ママは先生に呼ばれた。

今度は、一体何? もう何がきても怖くない。ママは覚悟を決めて教室に入った。

僕のことで、いよいよ専門家の助けを借りることになったらしい。

先生は、SENCOから渡された書類をママに渡し、出来るだけ早く記入して持ってきて欲しいと、お願いした。

ちらちらと、書類に目を通して、ママは、明日もってきます、と言うと、先生はすごく心配そうな顔をして、大丈夫ですか?と聞いてきた。

何が?とママは思ったが、ママの喋りがいまいちだから、読み書きもむずかしいだろうと、思っての事だろう。

こんな簡単なアンケートですら、心配されるなんて、ママはそんなに自分の英語がだめなのか落胆した。

それと同時に、しゃべれないと、他の能力もひくく評価されるんだろうな、と僕のことと重ねながら、複雑な気持ちだった。

そして、教室には、Mrs MというSocial skill  を担当している人がいて、僕もその人のグループでサポートを受けていることを知らせれた。

そして、Mrs M とどうやってコミュニケーションをとっているかと言う事も見せてくれた。

教室には、2ヶ所に小さい四角のカードが何枚か張られていた。

それは、トイレ、砂場(遊びの時間)、お昼、などの絵が描かれている。それらを僕が指差して、意思を伝えるんだと言う。

実際に、Mrs Mが僕に、
「オラ二オスがトイレに行きたいときは、どれを指すの?」と聞いてきた。
僕は、みんなの目の前で、そんなこといやだったので「ママやってー」と、日本語で言って、ママの腕をつかんでマジックハンドのようにトイレカードを指差そうとした。
でも、Mrs Mは「オラにオスがやって」といい、僕の手を取った。

僕は片方の手の指を、口に入れて、もう片方の手の指で、トイレカードを指した。

僕が口に指を入れるのは、かなり緊張して、戸惑っている証拠。

ママは、そんな僕の姿を見て、胸が締め付けられるような、なんともいいがたい思いがした。

posted by なんでさん at 14:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活 (Reception Year) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月19日

迎えに来て下さい!(2)

ぎゃーーーーーーー!

そこには、泥沼が一面に広がっていた。昨日の全粒粉のパスタ、キーウィーの種、トマトの皮らしきものも......。

なんてこった! 

幸いにも、その日は日本から買ってきたおへそまで隠れるたっぷりとしたパンツをはいていたから、はみ出しはしなかったものの、それが、こっちのパンツだったら、と思ったら、ママはめまいがしてきた。

ママが、学校についてから、トイレに入るまでまったく臭わなかったのはなぜだろう?

とにかく、現実に戻って、ママは無言でBaby wipeをいっぱい使って僕をきれいにし始めた。パンツは当然、ナッピーサックに入れて、ゴミ箱行き。

拭いても、拭いても、なかなかきれいにならない。

ママが悪戦苦闘していると、携帯がなった。

「Mummy mummy, papa’s calling. Mummy mummy, papa’s calling....。」

パパからだ。パパからの電話のときは、僕の録音した声が鳴るようにしてある。

こんな間が悪いときに電話してくるパパを完全無視して、ママはぶっつり電話を切って、作業を続けた。

僕は、パパには知られたくなかったので、

「パパには、言わないでー」とママにお願いしたが、ママには聞こえなかった。いや、聞こえていたかも知れないが、ママは僕の後始末をするのに精一杯でそれどころではなかったのだと思う。

 なんてこったー、なんてこったー、心の中で呪文のように唱えていた。

やっと、どうにかきれいになって、学校の外へ出ると、もうお迎えの時間になっていた。

ママは、先生に一言「ご迷惑かけました。着替えさせたので、連れて帰ります。」と言うと、先生は、ちょっとむっとしたような表情で、わかりました、というようにうなづいただけだった。

ママは、後ろめたさでいっぱいになり、そのまま僕の手を引いて、そそくさと学校を後にした。

なんてこった!


posted by なんでさん at 13:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活 (Reception Year) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月11日

迎えに来て下さい!(1)

2006年1月12日(木曜日)

ママがそろそろ僕を迎えに出ようと準備を始めたとき、家の電話が鳴った。

「ハロー」

「あ、ハロー、こちらはOO学校の**です。オラ二オスが&&&なので迎えに来て下さいませんか?」

ママには僕が何をしたのかよく事情が飲み込めなかったので、もう一度聞き返すと、accident だというので、またかー、と思いつつも、

「わかりました。すぐ迎えに行きます。」とだけ告げて、電話を切った。

お漏らしだけで、何で呼び出すのか?
疑問に思ったが、もうすぐ帰る時間だから、学校で着替えさせるよりは、早めに来てもらって、連れて帰ってもらったほうが良いと思ったのだろう、ぐらいにしか思わず、学校に向かった。とりあえず着替えは持って。

学校に着いて、受付に、オラ二オスの母です、と告げると中に入れてもらえ、僕とアシスタントの先生も事務室の中から出てきた。

「すみません、ごめいわくかけて」とママが言うと、アシスタントの先生が、「着替えさせていきますか?」と聞いてきた。

寒空の中ぬれて帰るのも忍びないので、「ハイ」と答えると、トイレに案内された。

中には、思わぬものが...。
ベイビーワイプと、ナッピーサック、紙おむつまである。なんのために?
ナーサリーでもあるまいし、と、ママは不思議に思ったが、アシスタントの先生が、

「オラ二オスが一言、私たちに言ってくれれば、こんな事にはならなかったのに...。」

と、何だか僕がとんでもないことをしでかしたかの様に言った。
たかがおしっこぐらいで、大げさな...。
ママはまだことの重大さがわかっていなかった。

「本当にご迷惑かけてすみませんでした。」
とママがいうと、先生は教室に戻り、僕たちはトイレの中に入って鍵を閉めた。

さー、お着替えさんしようねー、とママが優しく言って、僕のズボンとパンツを下げると!!!!!

ぎゃーーーーーーー!声には出さなかったが、ママは、何で呼び出されたか、何でアシスタントの先生があんな事を言ったのか、ようやく理解できた。

それは...。
posted by なんでさん at 03:07| Comment(3) | TrackBack(0) | 学校生活 (Reception Year) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

放課後の会話練習(1)

2006年9月21日(木曜日)

今日からいよいよ、僕が学校で話すことに慣れるようにと、ママが放課後学校に来ることになった。

子供達が全員帰るのを見計らって、教室へ入ることになっていたが、お迎えが遅くてまだ残っている子が一人いた。

でも、先生は、ママを入れてくれたが、僕は校庭に居て入ろうとしなかった。学校が終わったらさっさと帰りたいのに、また、ママは先生とお話している。

ママは何とか僕を入れようとして、先に中に入り、まだお迎えを待っている子が僕が親しみを持っている子だったので、その子もいるから入ったら?と促した。

すると、僕はすんなり教室に入り、しばらくその子と遊んだ。

ママはすかさず僕たちのところに来て、その子に話しかけたり、僕にも話しかけたりした。僕は何も言わなかったが、その子が学校でしたことをママに教えてくれた。

僕は、他の女の子と一緒に遊んだとのこと。何をしたのかははっきりとはわからなかったが、僕が一緒に遊んだ子は、今僕が一番安心できる子でPちゃん。コンピュータの時間でも、一緒にペアを組んでいる。

お互いの名前を入力しあうのだが、僕はその子の名前をすぐに出来てしまうのに、その子は僕の名前を入力するのが、とても遅い。(ま、僕の名前は長いから無理もないが)それで、僕は時々、待っていられなくて、つい、手助けをしてしまうことがある。 でも、コンピュータの先生は、その光景がとっても仲むつまじく、愛らしいと言っていたと言う。

最後に残った子を、アシスタントの先生が職員室に連れて行った後、担任がママを学校内をちょっと案内してくれて、あとは、僕たちだけにしてくれた。

いろいろ話しながら学校内を周り、まずは人気の少ないときに学校でお話をするのになれるようにするのが、目的。

先生と別れてから、僕はまた教室に戻った。

教室では、先生が仕事をしていたが、僕たちのことには一切かかわらず、仕事を続けていたので、僕は気が楽だった。話はしなかったものの、僕の作品をママにみせたり、子供達の写真の中で僕のを指差したりして見せた。
そのあと、僕はトイレに行きたくなったので、ママとトイレに行った。まずは小のほう。

僕は何もしゃべらずに、用を足し、また教室に戻った。

するとお掃除のお姉さんが入ってきたので、退散して、廊下にある僕の新しいフックをママに見せたりした。ママは、しきりに、ooちゃんのはどこ?、これは誰の?と聞いて来たが、僕は早くお家に帰りたかったので、ママの耳元で、お家に帰ろう、と囁いた。

ま、時間にもなったので、じゃあ帰ろうか、というときに、またもや催してきた、今度は大のほう。

また、トイレに行って、個室に入り、ママとドア越しにお話した。そのときに、ちょっと大きな声で、ママに日本語で話してくださいと言った。

でも、ママはかたくなに英語で話し続ける。

そのうち僕もいつの間にか英語になった。

何か、大をしながらの会話だったが、普通の声でしゃべった。トイレだから誰にも邪魔されないから余計に気が楽で、ママと楽しくお話が出来た。

そのあと、電車の本をどこかに置き忘れたので、教室に戻ると、先生がまだ仕事をしていた。
とたんに、僕は無言になったが、本を見つけ学校から出ると、いつもの僕に戻っり、ママと日本語で話し始めた。

トイレの中だったけど、僕は学校の中でしゃべった。

まんざら悪くないスタートだ。
posted by なんでさん at 13:23| Comment(3) | TrackBack(0) | 場面緘黙症治療(Year 1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月04日

何で泣いてるの?

2006年9月19日(火曜日)

ママがいつもの時間に迎えに来て、教室をのぞくと、僕が机に突っ伏して、ひくひく言っている様子が見えた。その横では、アシスタントの先生が僕の背中をさすり慰めている。

あれー、また泣いている!困ったやつ。

でも、ママは特に心配もしないで事の成り行きを外から見守っていた。

アシスタントの先生が、振り返りママを見つけると、教室のドアを開けて、僕が泣いているんだけど何で泣いているかわからないから聞いてくれ、とママを中に入れてくれた。

僕は、ママが入ってきても泣き止まなかった。 ま、僕はそんなに大声で泣くわけではないからみんなの邪魔になるというわけでもなかったので、先生も他の子供達もいつものことをしていた。

子供が3人前に出て、他の子供達は、頭を下げて、親指を上げていた。そして前に出ている子供達の一人が、誰かの親指を下ろしに来る。 みんなかおを突っ伏しているので誰がやったかわからない。
たまたま、その日は僕のところにも来た。

先生も、僕が泣いているにもかかわらず、僕に誰がやったか聞いてきた。

僕くは、僕の指を下げたとおもったをこの指差したときにうなづいた。それはあたりだった。

これは、Heads-up, Thumbs-down という遊びで、一日の終わりに、時々やる。目的は?よくわからない。

それが終わると、先生が子供達を一人一人教室から出し始めた。

ママは、僕が何で泣いているか、聴きだそうといろいろ質問してきた。

おなか痛いの?誰かにたたかれた?どっかぶつけたの?????

ママが来ないと思ったの?

僕はうなづいた。 でも、ママはいつもの時間時来たし、アシスタントの先生も、いつも僕は帰る時間になると、窓からママを探すし、それで泣くような事はない。 でも、今日は急に泣き出して、椅子で足を踏んだのかとも思いました、と心配していた。

僕は何もいわないので、こういうときは先生方もおろおろしがちだ。

ママも、僕の理由には納得がいかなかったが、ま、後で家に帰ってもう一度聞いてみます。と先生に告げて、僕たちは家に帰った。

家に帰ると、ママは、何で泣いたの?とまた聞いてきた。

僕は、もういいのにーと思いながら適当な理由を挙げた。

 ママが来ないと思った。
 教室にある、骸骨の模型が怖かった。
 おなかが痛かった。

どれも信憑性にかけるが、もういいだろうとママもあきらめた。体のどこも悪くないし怪我もしていない。

新学期が始まって、そろそろ疲れが出てくる頃だったのかもしれない。
posted by なんでさん at 13:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活(Year 1) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

新学期

2006年1月3日(火曜日)

日本では、まだお正月休みでのんびりしているころだろうと言うのに、僕たちの学校は、さっさと始まった。 クリスマスが終われば、お正月はただの新しい年になる節目という事で1月1日は祝日だが、あとは何事もないように、カレンダー通りに始まっていく。

ママは、僕がクリスマスまでは以外にも学校を楽しんでいたし、休み中もすこしは外向的になってきたので、大丈夫だと思っていたが、すこし後退してしまったようだ。

最初の2週間で、おもらしが2回も。学校で取り替えてもらったのと、もう少しでママが迎えに来るのに、我慢できなくて、ぬれたまま、教室から出てきた。

それに、なんとなく学校も楽しくなくなった。クリスマスホリデーの間に、もう学校に行きたくなくなったし、僕がずーとしゃべらないので、学校側も何とかしなければ、と、いろいろ動き出して、僕はいやになってきた。

おもらしに関しては、僕が幼稚園に行っていた頃、一ヶ月日本に帰って、また戻ったときも、続いたし、ママを追って泣く事もあったが、慣れてくるとそれも無くなった。

なので、ママもしばらくしたら、またいつものペースに戻るだろうと高をくくっていた。

posted by なんでさん at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活 (Reception Year) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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