2006年07月16日

クリスマス フェア(2)

去年、ママは学校の下見もかねて、この学校のクリスマスフェアに僕を連れて来た。
僕は、ケーキが食べられるという事を聞かされて、それにつられて黙って付いてきた。

2時ちょっと前に学校に着き、学校の講堂に入れてもらうまで、校庭で待っていた。

しばらくすると、次々と教室の戸が開いて、子供達がいっせいに出てきた。僕はプッシュチェアーに乗っていたせいか、子供達も大きく見え、急に怖くなって泣き出してしまった。

ママは、「大丈夫、ケーキ買ったら帰ろうね」、と、何とか僕をなだめて中に入ろうとしたが、お菓子が大好きな僕でも、効き目がなく、一向に泣き止まない。

ママは仕方なく、「じゃあ、もうお家に帰ろうね」、と、ため息をつきながら家路についた。雪もちらつき始め、心も惨めになりながら、プッシュチェアーを押す力も弱々しい。 

もう少しで家に着くという時に、僕は、突然「ケーキー」と叫び出した。

もう人ごみから大分遠ざかったので、急にケーキを思い出したのだが、 今更遅い!とママに一言ぴしっと言われ、僕も泣いてしまった手前、何も言えず家に帰った。

ママは、僕を待っている間、そんなことを思い出していた。

今年は大丈夫だろうか?

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posted by なんでさん at 16:05| Comment(8) | TrackBack(0) | 学校生活 (Reception Year) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月15日

クリスマス フェア(1)

12月になって、学校はクリスマス一色になった。講堂にもツリーが飾られとっても綺麗!僕よりも大きなツリーだ。僕達の工作の時間はもっぱらクリスマス(冬)にちなんだもの。雪の結晶の模様をつけたカレンダーや、サンタクロース。みんなそれぞれ面白いものが出来上がり、教室に飾られた。手作りのクリスマスカードも、持って来た順に飾られ、僕のカードもあった。何だか自分の物を見るのはちょっと気恥ずかしかった。

さて、行事が目白押しになる12月。その手始めに2日の金曜日にはクリスマスフェアが行われた。

その準備の一環として、始まる2週間前に学校側は保護者達にフェアの寄付を募った。
 一週目 Tins/Bottles/Packets
二週目 Gifts/Rsffle prizes/Tombola/White Elephant goods

うわー ホワイトエレファントって何?

早速ママはパパに聞いてみたが、パパの答えは、実際には存在しないもの。意味はわかるが存在しないものをどうしろというのだ。パパもお手上げ。
結局、イギリス人のお母さんに聞いたら、バザーの出し物で、何のカテゴリーにも入らないその他大勢の物だ、ということだった。 

何も持っていかないのは気が引けるし、何を持って行って良いかもわからず、ママはスーパーで、ビスケットを2箱買ってきた。Packet of biscuits
と言うではないか。

次の日ママはそのビスケットをスーパーの袋に入れて、教室に入る前に、先生に渡すようにと僕に手渡した。

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2006年07月14日

クリスマスカード

11月の下旬のニュースレターに、クリスマスカードについてのお願いが書いてあった。

それには、クリスマスカードは、それぞれ子供達が一つだけ作り学校に持ってきて、壁に飾るようにする。 そしてタームの最後の日に、くじびきでクリスマスカードをもらい家にもって帰るという仕組みになっている。というような事が書いてあった。
これは、かードの嵐を防ぐのと、資源の節約にもなり、毎年恒例になっているとのこと。

んー、カード、僕が一人で作れるわけがない。また、ママの出番だ...。

困ったなー。市販のカードに何か書くだけでは味気ないし、個性もない。どうしよう…。

しばらく考えて、ママは折り紙作戦で行く事にした。日本人(性格に言うとハーフだが)は僕のクラスには一人しかいない。どう考えたって折り紙をする人は他に誰もいないだろう。ママの持っている折り紙の本で、サンタクロースの作り方が書いてあったのも思い出した。

そうだ!それでいこう!

早速、町に繰り出し、カードになるすこーし厚めの色の付いた紙を買ってきた。あとは、あるもので出来る。

表紙には、シール折り紙で、緑をツリーの形に切り、茶色で幹を作った物を貼った。その下には、綿で、雪だ!

ツリーの飾りは、たまたま、クリスマスの飾りがプリントされた千代紙があったので、飾りの部分を切り取り、僕がのりでつけた。 僕は工作はあんまり興味がないし、得意でもなので、何か、ぐちゃぐちゃになったが、これは本来は僕がやること、綺麗にできる事は2の次だ。 ママの思うところには貼れなかったりもしたが、ママは上手に出来たね!とほめてくれた。

次は、カードの中。

Merry Christmas
From Ouranios

と書きたいところだが、僕は自分の名前しか書けない。他は自身がない。 そこでママは、シール折り紙を1.5cm四方に切って、MERRY CHRISTMASを一文字をずつその小さい紙に書いた。
そして、僕に見本をみせて、そのとおりにそのシールを貼らせる事にした。

これも、曲がったりしたが、何とか形になった。 あとは、僕の名前だ。

名前だけは自分で書くように、ママに命令され、一つ一つ丁寧に書いた。読めないこともないが、ママは横に小さく僕の名前を書いておいた。誰からかわからなかったら、それこそ努力が水の泡になってしまう。念には念を入れて。

あとは、サンタクロースを赤い折り紙で作り、僕が仕上げに顔を書いてカードの中に貼って出来上がり!

すごく個性があっていいカードが出来た。これで僕に興味を持って一緒に遊んでくれる友達が出来たら...。 そんな願いも込めて作られたカードだった。

とにかく、誰が僕のカードを持って帰ったかはわからないが、喜んでくれたらうれしい。
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2006年07月13日

SPECIAL NEED

11月の半ば頃だろうか、僕のカバンの中にSENCOからのレターが入っていた。

保護者面談の時にも言われたことだが、僕には特別なサポートが必要で、僕の受けるサポートは、School Action(Wave Two Support) というものに基づいているらしい。

School Action( Wave Two Support)とは、3段階あるうちの2番目の段階のサポートで、グループワークの時に、大人がが付いて助けてくれたり、特別なサポートが必要な子供達のグループの中に混じって、手助けを受けるというもの。

といっても、具体的には良くわからなかったので、ママは次の日に学校が終わると先生に聞いてみた。

僕には3つの領域でサポートが必要で、

 Speech and Language (Mrs C)
 Behaviour     (Mrs M)
 English as a Second Language  (学校外の人が担当)

と、それぞれのグループに属し、時々教室から抜け、このグループでサポートを受けるらしい。

先生は、何も心配する事はないと言ってくれたが、やはり気になる。こんな3つも手助けが必要なんて。

しかし、ふたを開けてみると、何らかの形でサポートを受けている子は以外に多いようで、僕だけが特別な事ではないようだった。あとで、手遅れにならないように、早期発見早期治療ではないが、子供達のために学校が配慮してくれているらしいし、学校も子供達の問題を早く見つけサポートする体制が優れている、という評判だし。

ママの友達も、自分の子供も、すこし注意力が散漫なので、サポートを受けたことがあり、それでだいぶ良くなったので、受けられるものはどんどん受けたほうがいいよ、とアドバイスしてくれた。

クリスマスも、もうすぐ。学校からのニュースレターでも、クリスマスの行事が語られるようになった。

ママは、心配事はとりあえず置いといて、クリスマスシーズンを楽しみ、僕のことはしばらく様子を見ることにした。

SENCOのMrs Rが言っていた、「クリスマスまでには、話すようになるでしょう」という言葉が一瞬頭をよぎった。

本当にそうなってくれたら..。


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2006年07月12日

治療プログラム(14)

第14回(2006年7月10日 月曜日)

今日も暑い日だった。(先週よりはすこし涼しいが)

僕はもう家から半そでで学校に行くのに慣れた。今朝も何の問題もなく半そでで、家を出た。
朝はすこし肌寒かったので、念のため長袖はブックバックに入れておいた。

ママがいつもの時間に学校へ行き、受付を済ませて中に入ると、僕のクラスの子供達が教室から講堂へ移動しているのが見えた。ママに気が付いた子達は、みんな手を振ってくれた。最後の子供が通り過ぎると、アシスタントの先生、僕、そして、新しいキーワーカーのMrs Sが見えた。

僕達4人は、子供達がじろじろ見ている中、講堂を抜けていつものMrs Cの部屋に向かった。

今回は、キーワーカーの引継ぎと、ママへの紹介で始まった。

実はMrs S は、朝学校に行く途中にいつも会う人で、ママも誰だか良くわからないが、学校に入っていくのを見た事があったので、会うと挨拶はしていた。こんな事で知り合いになるとは、挨拶していて良かった、とママは内心ほっとした。

先生は先週のミーティングの内容をよく聞かされていない様子で、これから僕の治療をどうして行くかはわからない様子で、Mrs Sにスピーチセラピストと連絡とって、今後どうするか聞いてくださいとのこと。

ママは、てっきりこの前録音した動物の鳴き声でゲームをやるのだと思っていたので、一寸がっかり。おまけに、このこともアシスタントの先生に伝わっていなくて、テープも聞いていなかったらしい。何だか、内部の引継ぎがうまく行ってないようだ。

僕はというと、またいつものように遊べるのかと思い、おもちゃを出そうとしたら、先生に椅子に座るように言われた。

しぶしぶ座ると、先生は僕に、(今後のことだと思うが)

「無理して話すことはないんだよ、話したい、話せると思ったら話せばいいんだよ」
と、言ってくれた。そして、僕にありがとうはどうするの、と聞いて来た。

僕は、ちょっとためらったが、先生が他のみんなに、ありがとうを言う事は大切だから、ジェスチャーで僕は表現することを教えている間に、心の準備をして、Mrs S とママにやって見せた。

手の平をあごに軽く当てて、前に出す。これがありがとうのサインだ。

ママは、このことはそのとき初めて知った。手話か...。僕はちゃんと話が出来るのに...。学校での僕は別人のようだ。
それと同時に、僕とのコミュニケーションを図ろうと努力してくれている先生方、そしてそれに何らかの形で答えようとしている僕の姿が想像でき、胸が詰まる思いがした。

それから、アシスタントの先生はMrs S に僕がカードを使ってトイレを教えていること、僕はずいぶん学校にも慣れたし、ハッピーに過ごしている。学校体験の時に比べたら、雲泥の差だ、という事も伝えた。

あの時は、僕は泣いて教室から逃げ出そうとしていた。今ではママが迎えに来るまでちゃんと学校にいられる。
自分の名前も書けずにスタートした学校生活だったが、Ouranios  Christodoulou という長い名前も書けるようになった。何と言う進歩だろう!
学校では声を出して本は読めないが、Readingの時は、先生が単語を読んで僕がその単語を指して、理解しているか確認する。先生は、僕が難しい単語でもちゃんとわかっていると、ほめてくれた。
数字も手で表現したり書いたりして、理解している事を示している。

Mrs S は、アシスタントの先生の話をニコニコしながらきいて、一生懸命僕のことを理解しようとしていたし、11月には、マギー ジョンソンのSelective Mutisum の講習会に行くのも楽しみにしている様子だった。

僕は、サンキューのサインを披露したあと、ママたちが話している間に自由に遊んだ。

途中先生が、サンドイッチが食べたいというので、僕はみんなにおもちゃのサンドイッチを配り、お茶も配るふりをして、みんなで食べるふり飲むふりをした。久しぶりのままごとに、ママも楽しそうだったし、僕も楽しかった。 

僕はおもちゃの楽器も出してきて、太古をたたいたり笛を吹いたりしていたが、僕なりに気を使って結構控え間にやっていたので、ママには騒音がほとんど気にならなかった。

そうこうしているうちに時間になり、これからも、すこーしずつ、すこーしずつあせらずにやりましょう、という事で今年度のセッションは締めくくられた。
posted by なんでさん at 19:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 場面緘黙症治療(Reception Year) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月10日

ミーティング2回目(2)

7月3日月曜日

お昼を食べて、外で遊ぼうと校庭に出ようとしたら、Mrs Mに呼び止められた。

「オラ二オス、今日は暑いから、ジャンパーを脱いだら? もう、こんなに汗かいてる。脱いだら気持ちいいよ。」 と、半ば強制的に、僕の長袖を脱がせ始めた。

僕は、脱ぎたくは無かったが、暑いのは本当だ、しかも脱がないと外へ出してもらえない雰囲気だったので、そんなに抵抗せずに脱いだ。去年もなかなか脱ぎたがらずに、ナーサリーの先生を困らせたのに。

気持ちいい!長袖に包まれていると安心だったので、ずーと着ていたが、思い切って、肌をさらしてみると、なんてことはない。 僕は開放感でいっぱいになり、一目散に外に出て遊び始めた。

ジャングルジムの鉄のフレームも太陽光線で、かなり熱くなっていた。

そして僕はとうとう、ひじを焼けどしてしまった。

たいしたことはなかったが、ちょっとひりひりして痛かった。でも、誰にも言えずに、そのまま遊び続けた。長袖を着ていたら、こんなことにはならなかっただろう。脱いでしまった事を後悔もしたが、そのまま午後の授業も、半そでで通した。

ママが迎えに来て、僕を窓越しに探そうとしたが、なかなか僕を見つけられなかった。それまでは、僕一人が長袖を着ていたので、直ぐに見つけられたが、今日は長袖の子は見当たらない?

あれー、オラニオスどこに行ったんだろう?と思っていると、僕がさきにママを見つけて、手を振った。ママはやっと僕に気が付いた。 長袖脱いでる!! ナーンだ、やっぱり暑かったら脱ぐじゃないか。ジャンパーを着せない言い訳をいろいろ考えていたのに、これで一見落着。北風と太陽の話のように、やっぱりお日様の力はすごい!!

家に帰る途中、僕はママにやけどをしたことを言いたかった。でも、言葉が見つからない。
ひじを見せながら、

「クライミングフレームでひーやった。」
「なに?」
「ひーやった。」
「なに?もう一度言って?」
「ひーやった。」
「????????」
「何でわかんないのーーーーー!」
「だって、ひーやったって、なに?」

僕は、ママがちっともわかってくれないので、イライラして、腹が立った。
地面を踏みつけ、挙句の果てには、ママの足も踏みつけた。

「だからーーーーーーーー、あ、そーだ。ママはburnなんていうの?」burnという言葉だけでも見つかって、僕はすこし冷静になった。

「burnはやけどだよ。」
「日で、やけどした。」と僕はまたひじを見せながらママに言った。

ママは、なくなっていたジグゾーパズルのピースがみつかったかのように、僕の言いたいことがやっとわかった。

「あー、お日様でジャングルジムが熱くなってひじを焼けどしたのね。痛くない?」
「だいじょうぶ」 僕は、やっとママが分かってくれたので、もう怒ってはいなかったが、学校で、ずっと黙っているストレス、ママに分かってもらえなかったストレス、そして暑さも加わって、帰り道はずーとぐじぐじわがままを言ってママを困らせた。

言葉で意思が伝わらないというのは、相当なストレスになるもんだ、と、ママはあらためて思い知らされた。

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2006年07月08日

ミーティング2回目 (1)

7月3日月曜日

朝から、いいお天気だった。もうほとんどの子供達が、半そでのポロシャツだけで登校しているのに、僕はいまだに冬服のまま。今日もいつものように、長袖長ズボンで学校に行った。 

ママも、また僕が嫌がって戦いになるは避けたいので、僕の好きなようにさせている。自分をカバーする事によって安心感を得たいのだろうと、思ってはいるが、僕が長袖を着たがるのは、学校でだけではない。 外出するときはいつでも、どこでも長袖を着たがるので、ママも良くわからない。

とにかく、今朝9時にスピーチセラピストが来て、ママとMrs C と3人で、Mrs C の部屋で話し合いが行われた。

本当は、キーワーカーであるアシスタントの先生も参加するはずだったが、先生の娘さんの出産に立ち会うために、お休みだった。予定日は、23日だったのに、赤ちゃんも暑くて早くおなかの中から出てきたかったのだろう。

そういうわけで、Mrs Cが代わりに加わった。

まずは、僕のプログレスから。

ママは、一番最近の、セッションについて話し始めた。

* アシスタントの先生はもう僕達の中に混じっているが、そうすると僕はママにも話さない。
* 前回のセッションでは、話をしなかったが、ママよりアシスタントの先生と遊びたがった。
* 先生には話さないが、ほかの事をして答えるようになった。(写真を見せたり、指差したり、いろいろしゃべらなくてもいい戦略を練っているようだ)
* トーキングマップはためし済みで、家の中には、誰を書き、学校では誰と話したいか、書いた。
* 学校でシャボン玉をやったとき、あっ、あっ、と声を出した。

等、このようなことを報告した。


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2006年07月07日

Book WEEK  Dressing Up Day

Book Weekの締めくくりとして、その週の金曜日はDressing Up Day だった。 
テーマはドラゴンなので、それに関連するものとして、王子様、お姫様、騎士、ドラゴンそのもの、などが例に挙げられていたが、なぜ、王子様、お姫様、騎士がドラゴンと関係があるのか、そのときはまだママは知らなかった。

何にしよう...?

とりあえず、僕と同じ学校に子供が行っているママの友達に聞いてみることにした。

その友達は、ドラゴンのアイディアを教えてくれた。
卵のパックの入れ物を一つ一つばらして、緑に塗って、ドラゴンのギザギザを作って、背中にくっつける。尻尾も作ってギザギザをつければいいかもしれないと。

ママは、早速そのアイディアを取り入れ、僕の衣装の製作に取りかっかた。期間は一週間。

上は、去年僕に編んでくれた緑セーターがある。僕が嫌がって着なかったが、それにギザギザを緑の毛糸で編んで、セーターの背中にくっつけた。尻尾も編んで、中に綿をつめ、ギザギザも詰めて、ズボンのおしりだと座りづらいと思い,セーターの後ろ側のすそにつけた。 下は、緑っぽいジョギングパンツ。

後は、帽子も編んでギザギザをつけて出来上がり。

一週間もかからず、その日に間に合った。

当日は、すこし曇りがちで肌寒かった。ぼくはすこし恥ずかしかったが、ママが作ってくれた衣装を着て、その上にコートを着、尻尾は垂れ下がったままで、学校へ向かった。

道々、王子様の格好やお姫様の格好をした子供達にあったが、ドラゴンはいなかった。

学校に近づくと、ドラゴンらしきものもちらほら目に付くようになったが、圧倒的に少なかった。

僕はちょっと、自分だけ違うような気がして、恥ずかしくなったが、ローリーポップレディー(緑のおばさん)が僕の帽子を格好いいとほめてくれて、すこしは安心した。

学校の校庭へ付くと、王子様、お姫さまがいっぱい。手作りもあれば、買った衣装を着ている子供達もいた。ママは、これは子供のためではなく、親がいかに子供を着飾るかの競争のようだと思った。

早速僕は騎士に追いかけられた。僕は、何で追いかけられるのかわからなかったが、ドラゴンが、騎士にやっつけられる昔話がある事を後で知った。その中には王子様もお姫様も出てくる。アーそういうことだったのか、と妙に納得したママだが、すでに遅し。

教室に入ると、アシスタントの先生が作った大きなドラゴンが飾ってあった。お見事!

そしてこの日は、みーんなちゃんちゃんばらばら、収集が付かなかった。

僕はクラスで唯一のドラゴンだったので、また、騎士たちに追いかけられた。

学校が終わって、迎えに来たママに、僕はこう言った。

「オラ君もうドラゴンになりたくない!」

「じゃー、次は何になりたいの?」

「....でんしゃ.....。」
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2006年07月05日

BOOK WEEK(11月7日(月)−11月11(金))

11月の第2週は、 Book Week という週だった。テーマは‘ドラゴン’。

アシスタントの先生は、保護者に、要らないダンボール箱があったら持ってきて欲しいと、お願いしていた。 先生は、ARTに優れていて、ドラゴンを作ろうというのだ。みんなどんなものが出来上がるのか楽しみにしていた。

Book Week と言うのは、The Travelling Book Company と言う団体が学校に来て、学校の講堂で本を売る催し物らしい。僕達が本を買えば、その分いくらか学校の方に手数料として支払われ、僕達の学校にも新しい本が買えるようになると言うしくみ。

月曜日から木曜日の放課後にやっていたので、ママも一度、僕を連れて行ってみた。

中に入ると、Mrs M ともう一人の人が会計をしていた。

「ハロー、オラ二オス!」
「ハロー!」ママだけが答え、僕は無言。

ママは、愛想笑いを浮かべその場を立ち去ったが、Mrs Mともう一人の女の人の話し声が聞こえてきて、とても気になった。

「ごちょごちょ…….」
「もっと、むずかしい…….」Mrs M の声。

きっと僕のことを言っているとママは思った。

そのときまでには、学校が始まって2ヶ月が経とうとしていた。 僕がかたくなにしゃべらないのは、もうみんな知っているはずだ。

ママも、何がそんに難しいんですか?とききたいのを抑えて、とにかく本を見てみることにした。

もしかしたら、ママの思い過ごしかもしれないし、僕のことが心配で、被害妄想になっているのかもしれないが、そのことが頭から消えないので、集中できなかった。

他の子供達が明るく挨拶したり、話しかけたりしているのをみて、何で僕だけが...と思わずにはいられなかった。

何も悪い事はしていないのに、何か後ろめたさを感じ、ママは僕を連れて、何も買わずにさっさと講堂を出た。

僕は僕で、ほかの事で集中できず本を探すどころではなかったので、ママが早く出たのでホッとした。

ト、トイレー!!

posted by なんでさん at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活 (Reception Year) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月04日

トイレカード

学校から帰ってきて、いつものようにママが僕のカバンを開けると、トイレの絵のカードが入っていた。

ママは、僕がどっかからとってきたのだと思い、

「これ、どうしたの?」
「先生がくれた。」
「何で?」
「わかんない」

ま、とにかく次の日に先生に聞けば良いと思い、ママはこれ以上僕には聞かなかった。

次の日早速先生に聞いてみた。

「これ、オラ二オスのカバンに入っていたんですが…。」

「あ、それは、トイレに行きたいときに、私達に見せるように渡したんです。ズボンのポケットに入れおくようにいったんですが。トイレって言ってくれないので、アクシデント(おもらし)もしばしばなので.....。」

「そうですか..., わかりました。いろいろお手数かけてすみません。」

ママは、帰り道に、またいろいろ考えてしまった。

僕はまず先生に近づいて行ってそのカードが見せられるのか?

僕はちゃんと話が出来るのに..。

カードを使ったら余計、話さなくてもいいと思ってしまうのではないか?


また、いろんなことが頭をよぎり、毎日、僕の学校での様子が気になるようになった。

ママはいろいろ考えすぎて、ある日、僕のポケットをチェックするのを忘れて、とうとうカードを洗ってしまった。

うーぷす!!

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2006年07月03日

初めてのPE(体育の授業)

フルタイムになって二日目に、初めてのPEがあった。

制服からPE用のT シャツとショートパンツに着替えなければならない。
初めてのことで、みんな興奮して着替えたものがごちゃごちゃになった。
名前が書いてあれば、そう混乱しなかっただろが、名前がないのが結構あって、どれが誰のかも良くわからなくなり、着替えにも時間がかかり、先生も途方にくれてしまった。

PEは講堂で行われたが、僕は好きになれなかった。

みんな、ワーワー言ってうるさい。うるさいところは嫌いだ。僕は、特に何もしないで、早く終わることを願っていた。

学校が終わって、僕達を外に出す前に、先生が一言、

“PE用の服に名前かいてないのが多いです。きちんとつけてください!”

と、迎えに来た保護者に注意した。かなりいらいら気味。

ママは、自分はちゃんとつけた!と確信していたので、話は半分に聞いていた。

そして、僕が教室から出てきて、さあ帰ろう、というときに、先生がママを呼び止めた。

     今度はなんだろう? ママはどきどきした。

「PEで着替えるときに、オラにオスはどうして言いかわからなくて、パニックになって泣いてしまいました。 家で、一人でちゃんと着替えられるように練習してください。」

「はい、わかりました…..。」

家ではママが着替えを手伝ってくれるが、ママは自分がいなかったら、僕は一人でも着替えられると思っていたのに…., あまかった。

また、新たな問題と課題が、ママの頭を悩ませた。

posted by なんでさん at 13:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活 (Reception Year) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月02日

フルタイム開始

学期の中休みが終わると、いよいよ9時から3時15分まで、学校で過ごすようになる。

初めてのお弁当。

僕の学校は、健康な食習慣を奨励していて、事前に、理想的なお弁当の中身を表にして、保護者に配った。

 *サンドイッチ(2枚のパンを使い、4つにきる。パンは、全粒粉か麦芽粒を含んだパンが好 ましい)
 *果物〜バナナ/りんご/なし/ぶどう/オレンジ/みかん、など
 *小さいヨーグルト
 *レーズン(小箱に入ったもの)、小さく切ったチーズ
 *小袋の低脂肪/塩分控えめのポテトチップス、チーズビスケットのような、あまくないビスケット
 *飲み物〜フルーツジュース/牛乳―小さいパック入りか、プラスチックの入れ物やフラスコに入れる。
 *冬はスープも可能

   注意

以下のものは持ってきてはいけないことになっています。
 * 炭酸飲料や缶入り飲み物や、ガラスの入れ物
 * あまいお菓子、チョコレートバー
 * ピーナッツバターやナッツ〜学校にナッツアレルギーの子供がいるので。

出来るだけ、チョコレートビスケット、キャラメルビスケット、ケーキ、あまいもの、べたべたするものは避けるようにしてください。


ママは、一通り目を通し、一応、注意事項は守るようにし、日本式のお弁当を作る事にした。

日本から持ってきた新幹線の形のお弁当箱に、海苔巻き、パセリ入りの卵焼き、ハンバーグ、そしてぶどうを詰めた。飲み物はオレンジジュースを水で薄めたもの。ちょっと塩分が気になったが、デザートにはせんべい。

このお弁当箱とジュースとせんべいを、ランチ用のかばんに入れて、おしまい。

お弁当の子供たちは、慣れるまで、教室でお昼を食べた。お昼休みの時間に僕たちの面倒を見てくれる人が、僕のお弁当を見て、「わー、きれい!」といってくれた。僕のようなお弁当を持ってきているのは他には誰もいない。
僕はちょっと恥ずかしくなり、いつものことだが何も言わず、黙々と食べた。

ママは、ぶどうを丸のまま入れたので、僕が喉につかえないか心配で、お昼からしばらくは家で電話の近くをうろうろしていた。(何かあったら学校から電話があるはずなので)

でも、ママの心配をよそに、何事もなく無事に一日がすぎた。

posted by なんでさん at 02:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 学校生活 (Reception Year) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月01日

ダンス学校

毎週土曜日の朝、僕はダンス学校に通っている。
9時半から30分、バレーを習っているのだ。

最初、ママは,僕が少ーしでも恥ずかしがり屋が直るようにと、ドラマスクールに入れようと思っていた。なぜ、ドラマスクールだったかと言うと…、

ママが、昔、日本の雑誌で見た、劇団○○の広告文が印象に残っていたから。

誰かは忘れたが、ある俳優の推薦文だ。

 “僕は、子供の頃恥ずかしがり屋で引っ込み思案だった。それを心配した両親が、僕を劇団に入れてくれた。 それから僕は積極的な明るい性格に変わった…..。”

と言うような内容だったと思う。

それで、僕も恥ずかしがり屋が直るかもしれないと、ひそかに期待していた。

しかし、僕の学校の様子を知ってから、とてもだめだろう、と、あきらめた。

それならば、僕の大好きな歌やダンスが出来るところはないか、探していたところ、僕の友達がバレーを習っているので、僕もやってみないかと誘われた。

ママは、友達が一緒だと僕もなじみやすいだろうと思い、早速、お試しレッスンに行ってみた。

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posted by なんでさん at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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