2006年05月28日

治療プログラム(2)

第2回(2006年5月3日 水曜日)

次の週の月曜日は、バンクホリディーといって国民の休日だったので、学校もお休み。
当然、僕のセッションもお休み。

したがって、2回目は、初回から一週間たった、同じ水曜日。

その日は、夏を思わせるかのようないいお天気だった。
ママが来たときは、僕達は外で遊んでいた。

他のお友達がママを最初に見つけて、「Look!Your mummy's here!]
と、僕をママの方に向かせた。

僕は、ママが来てうれしかったが、「ママー!」と、走って行きたい気持ちを抑えて、恥ずかしげにうつむいているだけだった。

アシスタントの先生は、ママが少し早めに着いたので、不機嫌そうな、ちょっと困った顔をしていたが、僕をつれて中に入り、いつもの廊下で、ママと合流し、いつもの部屋へ向かった。

今回も、戸は閉めておいた。
ママは、この前と同じように、パパみたいに話すので、僕は、「日本語で話したーィ!」と、ママに訴えた。

が、ママも日本語で話したいのをぐっとこらえて、パパみたいに話し続けた。

僕は、ちょっと変な気持ちだったが、そのうち、英語も混ぜて話し始めた。

僕達は、最初、簡単なパズル(動物の形をした厚紙を半分に切ったもの)で遊んだ。ママが組み立て、僕に質問した。

 ママ 「What’s this?]
 僕  「Dog!]
 ママ 「What’s this?]
 僕  「Rabbit!]

等、簡単なやり取りをした。当然、アシスタントの先生にも聞こえていたはず。 

次に、スキットルという、ボーリングのピンみたいなものを並べて、ボールを投げてピンを倒して遊んだ。

ママ 「Do you want to have a go?]
僕  「OK!]
僕  「Your turn,mama!]

これもまた、先生には聞こえたはず。

それが終わると、僕の得意な電車。僕は、ウイーっといいながら、電車を押して遊んだ。ママは、何とか会話をしようといろいろ話しかけてきたが、僕は電車に夢中で、「ちきっ、ちきっ、」と、電車のリズムを口ずさみ、遊び続けた。ママも、少しの間、僕を勝手に遊ばせておいた。

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2006年05月26日

治療プログラム(1)

第一回(2006年4月26日 水曜日)

いよいよ僕の場面緘黙症治療が始まった。

ママは決められた時間よりも少し早めに着いた。

僕は、ママが外を通るのが見えたので、窓のところに走りよって、ママに手を振った。 先生もそれに気が付いて、準備を始めた。
ママが、受付で学校に来た訳を話すと、訪問者用のノートブックにサインと、入った日付を書くようにと支持された。

それが終わると、中に入れてもらい受付の人が僕とアシスタントの先生に、ママが待ってる事を告げに来た。

僕はアシスタントの先生に手をひかれて、廊下に出ると、ママが椅子に座って待っていた。

「ハロー、マミー!」と、アシスタントの先生は陽気に挨拶するが、僕は無言。

そして、3人で、スピーチセラピーの部屋に向かった。

講堂を通りぬけたら一発で行けるのに、その日は、どっかのクラスがPEをやっていたので、別のルートで行かなければならなかった。

まずは、図書館を通り抜け、廊下に出て、講堂の反対の入り口から入り、みんなの邪魔をしないように、端っこを歩いて、また別なドアから出て、廊下を少し歩いてその部屋にたどり着いた。まるで迷路のようだった。

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2006年05月24日

ミーティング(2)

僕達が外で遊んでいる間、先生、アシスタントの先生、学校専属で子供達のスピーチを助けている人(Mrs C)、僕の住んでる地域担当のスピーチセラピスト(TVに出ていた人ではないよ)、そして僕のママと、これからの僕の治療プログラムについて、話し合った。

まず、先生達が参加した一日コースの話。そして、イースター休暇中に放送されたTVドキュメンタリーの話題などから、話し合いは始まった。

そこに参加していた人全員(スピーチセラピストはちょっとわからない)が、TV番組を見ていたので、スピーチセラピストが提案する治療のプログラムは、理解しやすかったに違いない。

まずは、場所。Mrs Cが自分の部屋はどうかと提案した。そもそもそこは、スピーチセラピーに使われているところだし、僕も常連だ。廊下を通る人の行き来もそんなにない。何の反対もなく、すんなりそこに決まった。

次は、時間と曜日。週に2回くらい、10-20分くらいが適当だろうということで、月曜日と水曜日の午後2:40分からに決まった。

この時間だと、終わったら帰りの時間で、ママがわざわざ僕を迎えにまたで直してくる必要がないようにと、先生が配慮してくれた。

そして、KEY PERSONはアシスタントの先生になった。

それから、みんなでその部屋に行き、おもちゃや、カードゲームを見せてもらった。そして、スピーチセラピストがママにこう言った。

 「なんでも使って家で遊んでいるようにやってください。」

ママは、ハイ、と言ったものの、内心ちょっと焦り気味。

ママは、僕とおもちゃで遊んだりゲームなんかしていないと気づいたから。

僕も、そのときはガールズアラウドという女の子5人組のバンドに夢中で、DVDを見たり、彼女達みたいにドレスアップして、ママと遊んだりはしていなかった。

どうしよう、、、、。その部屋にあるおもちゃよりかは、僕が興味を示すものの方が、僕もよく話すのではないか?

しかし、ガールズアラウドのDVDを流すわけにはいかない。んー、他の人が話をしている間、ママは対策を練っていた。

とにかく、治療の第一回目は、2日後の水曜日から始まる。 そこにいた全員がこのプログラムに期待をかけていた。

そして、何も知らない僕は、外で電車で遊んでいた。
posted by なんでさん at 13:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 場面緘黙症治療(Reception Year) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月23日

ミーティング(1)

2006年4月24日月曜日

先生達がコースから帰ってきて次の月曜日に、ママと学校側とスピーチセラピストとのミーティングがあった。

ママが学校へ来たときは、僕達は講堂でアセンブリーに参加していた。

教室に戻ってくると、先生が僕のところに来て、「オラ二オス、マミーが来てるわよ!」と、言ってママのところを指差した。

僕は一瞬何のことかわからなかったが、ママが僕達の教室にいた。僕はうれしかった。ママー、と言ってママの所に走って行きたかったが、とてもそんなことできる雰囲気でもなかったので、ママのところをずーと見ながら、いつものようにカーペットに座った。

他のお友達も、「何で、オラ二オスのマミーがここにいるの?」と言うような表情で、ママを見てた。ママに手を振る子供もいた。

子供達が全員座ると、ママたちも椅子に座った。

ミーティングを始める前に、僕達のおやつの時間があった。
いつも、先生が僕達に、「ミルクくばりたいひとー?」と訊くと何人かが手を上げて、先生が二人を選ぶ。コップを集めるときもそうだ。

僕は、いつも手を上げない。でも、一度だけ先生に選ばれて、ミルクを配った事がある。 先生は上手に出来たとほめてくれた。

ミルクを飲み終わると、別の二人がコップを集めた。 先生はそれも有効に活用して、数の練習にあてている。
みんなで、それぞれが集めたコップの数を数えた。確か、11個と7個だった。
なぜか子供の人数に足りないが、先生は僕達に、

「11+7は?」と、訊いてきた。

はーい、と何人かが手を上げた。16!とか17!とか間違えているが、先生はそれを優しく、「んーおしい!もーちょっと考えてみよう!」

と、間違いを、がーと指摘したりはしない。

だから、間違えても子供達は、懲りずに何度も手を上げてチャレンジする。

答えを間違えると、まるで罪を犯したかのように、お前はだめなやつ、と責められているような思いをさせるママの時代の先生とは違う、とママはしみじみ思った。

そして、ミルクの時間が終わると僕達は庭に出た。
何とか、何とかアクティビティーと、時間割には書いてあるが、何のことはない、ただ外で遊ぶだけ。それと、果物を食べる事も忘れてはいけない。 この日はりんごだった。
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2006年05月20日

場面緘黙症一日コース

イースター休暇のあとの金曜日(4/21)に、担任の先生とアシスタントの先生が、場面緘黙症の一日コースに参加した。

その講師は、何と、TVのドキュメンタリーに出ていた、スピーチセラピスト、マギー ジョンソンだった。

その日は金曜日だったために、先生達は学校を休んでの出席。わざわざ、僕だけの問題のためにである。

場面緘黙症児は、僕の学校では僕だけ。しかも、代わりに来る先生が、僕のクラスの子供達にはあまり評判が良くないので、ママは少し気が引けた。

が、これは学校側の判断であって、ママが懇願して行ってもらったわけではない。自分の子供が、代わりの先生がいやだからって、いやな顔をしないで欲しい。そんなつもりは、まったくないのだろうが、思いやりに欠ける人も居るのである。

ま、とにかく、先生達は、このコースに参加してとっても良かったと、言っていた。 僕のことも理解してくれたようで、僕に対しても、辛抱強く見守ってくれるようになった。

保護者も何人か来ていたようで、先生も次回はママも行くといいと、勧めてくれた。同じ悩みを持つほかのお母さん達と知り合いになれるチャンスなので、ママは、参加を楽しみにしている。
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2006年05月16日

初登校

2005年9月12日(月)

いよいよ、学校の始まり。

僕は、午後の部なので、家でお昼を食べて、学校に向かった。

今日は、初登校とあって、パパも一緒だ。

少しどんよりとした(はっきりとは覚えてないが)曇り空の下、車で学校へ向かった。

始まりは、12時45分。 少し早めに着いたが、僕達だけではなかった。

親も子供も少し緊張気味だが、まず驚いたのが、保護者の服装。 ま、日本みたいに入学式なんていうものはないので、みんな普段着。 ママもいつものGパンとTシャツ姿。

子供達は、制服なのでほとんど一緒。でも、普通の紺のトレーナーを着ていたり、お下がりを着てる子供もいた。 その中でも、男の子は僕をのぞいて、みんなグレーのズボンをはいていた。 僕は、紺のジョギングパンツ。 なんてったって上げ下げが簡単だし、そのときは気がつかなかったが、ぬれても、そう目立たない。

そうこうしているうちに、時間になった。 先生が学校の正面玄関に立って、僕達を迎えてくれた。

まず、ピンククラスから、一列に並んで、保護者と共に中に入った。

そして、僕達、パープルクラスの番。僕は、いやいやながらも、それでも比較的すんなりと、ママの手をつないで、パパも一緒に中に入った。 

中に入ると、教室の入り口には、アシスタントの先生が僕達を迎えてくれた。

子供達が一人一人、教室の中に入っていく姿を見て涙ぐんでいるお母さんもいた。(のちに、この人はおばあさんだということがわかるが、逆におばあさんだと思っていた人がお母さんだったりしてややこしい)

今まではまだ赤ちゃんだと思っていた我が子の晴れ姿は、ちょっと感動ものである。

僕は、しばらくママの手を握って中に入るのをためらったが、アシスタントの先生がうまい具合に、僕をその気にさせ、僕はすんなり、教室の中に入った。

ママとパパは僕が振り返るのを期待していたが、僕は振り向かなかった。 その代わり、壁に貼ってある写真を、じーと眺めていた。

僕は僕なりに、ママとパパと離れて、さびしいのを我慢していたのである。

こうして、僕の学校生活は始まった。

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2006年05月13日

制服(3)

次の日、ママは街へ買い物へ出かけた。 この日はちょっとした記念日だった。

というのは、ママが初めて、パパや家族以外に僕を預けて、一人で出かけたのである。 それまでは、ママがいないと僕は誰とも一緒にいられなかったので、いつも僕を連れて歩かなければならなかった。

その日は、なぜか試しにやってみようということで、僕をママの友達のところにおいていく事にした。 僕も、「大丈夫だよ」と不安ながらもママを見送った。

僕のことは気になりながらも、ママは、自由に買い物が出来てうれしかった。

まずは、ウールワースという店。んー、紺のズボンに、ショーツ、ないぞー。 PE用のズックもサイズがない。

ピーコックはどうだ! ここもない!

とーしよう。。そうだ、マザーケア、という店もある。

そこには、まだ、いっぱいあった!

ま、テスコよりちょっと高いけど、しょうがない。でも、セール中だったので、3個で2個の値段だ。

ママは早速、紺のズボン2つと、紺のショーツ1つを買った。

ズックはどうしよう。。。。ナーサリーではいていたものがまだはけるので、しばらくはそれで間に合わせる事にして、一件落着。。

ホッとした途端、僕の事を思い出した。

ママは、友達に電話して、今から帰ることを告げた。

「オラ君全然大丈夫だよ。ゆっくりしてきてー」

の返事に、安堵感と同時に、ちょっと拍子抜けもしたが、これでほかの人にも僕を預けられる!!という喜びも沸いてきた。 ばんざーい!!!

ここまで来るのには、長い道のりであった。

オラ二オスも成長したものだ、と、ママはしみじみ思ったのである。

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2006年05月12日

制服(2)

ある、ある。

PE(体育)用のTシャツ2枚で、500円くらい。白いポロシャツが、何と、1枚200円くらい。 これはここで買うしかない!

あとは、何が必要だろか?

ズボン! これは、グレーのズボンか、紺のジョギングパンツ。

ママは、上げ下げが楽に出来るように、ジョギングパンツを探した。

ない!あのテスコにない!そんなはずは。。。

旅行に行く前にはあったはず。 もう、ギリギリだから、売り切れか?

来週の月曜からだから、ちょっとあせる。 ま、手持ちのものでとりあえず間に合わせようと思えば出来ないこともないが。落ち着いて、落ち着いて、

次は何だろう?

ままは、ぶつぶついいながら、テスコの中を探し回った。

紺のショーツ(PE用)もない。あるのは黒ばっかり。

PE用のズックもない。僕のサイズが無いのだ。 ま、体育の授業は当分ないので、後で探しても良い。

なんてこった!!早めに用意しておくべきだったか、と悔やむママ。

ま、し方がない。気を取り直して、学校に履いていく靴を探しに、3人で、別の店に行く。

ママの好きな「クラークス」。そこは、ちゃんと足のサイズを測ってくれるから、僕の靴はたいていそこで買う。ちょっと高めだけど、足にあった靴を履くことは、僕にとって大事な事と、ママもパパも同じ意見。

僕は早速、体重計を思わせるような、おかしな機械に乗せられ、ピーっという音と共に足のサイズが測られてしまった。

僕のサイズは9.5G、何センチかわからないが、そのサイズを元に靴を探した。

結局、学校の規定にあるデザインは、一つしかなくママは迷わずそれを買い、帰路についた。
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2006年05月11日

制服(1)

学校が始まる前に、制服も用意しなくちゃならなかった。

日本の公立学校だと、小学校は制服はないが、こっちはあるのだ。

学校体験のときに、講堂には試着用の制服が並んであって、サイズを
確認できたのに、僕はかたくなに拒んだ。何せ、僕は学校は公文だと思っていて、すぐに帰りたかったから。着てみるだけでなく、体に当てるだけでもいやだった。ママは、途方にくれて、ため息をついていると、そこにいた係りの人が、

 「学校のロゴが付いているものは、持っていたほうがいいけど、あとのものは、街で、適当なものを買ってもいいですよ。」
と言ってくれた。 

色さえ同じようなものであれば、別に学校で買わなくてもいいとのこと。

ママの友達にも聞いてみると、制服は決まっているが、違うものを着ていても、学校側はそれをとがめる権利はないとのことだ。

時々、ど派手なタイツをはいてくる女の子もいるそうだ。

だからと言って、まるっきり違うへんてこりんな服を着せるわけには行かない。

一応、制服は、次のようなものと指定されている。

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posted by なんでさん at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 入学準備 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月10日

家庭訪問 (3)

♪ げろげーろげーーーろ ♪


みんないっせいに話をやめ、音のするほうに目をやった。

すると、TV画面には、奇妙なかえるの漫画があちこちにゆれている。

これは、ママが雑誌「めばえ」の懸賞で当てたもので、 NHKの「みんなの歌」で放送されていたもののDVDだ。

「めばえ」は子供用の雑誌なので、そこで紹介されていたDVDだから、子供達が、「あんぱんまん」のように一緒に歌って踊って楽しめるものだと、ママは思っていた。

ところが、そういうものでは、なかった。

トノサマガエルの周りを、いろんなかえるが(しかもかわいくない)歌にあわせてゆれている。


♪ げろげーろげーーーろ とのさまかえる
  げろげーろげーーーろ とのさまかわる
  とのさまかえるーーーー
  とのさまかわるーーーー

  げろげろっ        ♪

僕は僕なりにこの歌に合わせて、振り付けをしながら、じっと画面に向かっている。

しばし、呆然とみんなは僕のほうを見ていたが、アシスタントの先生が口火を切った。

「オラ二オスは、かえるが好きなのねー」

僕の反応は無し。しきりにげろげろの振りをしている。

ママは、困って何か言わなくちゃとあせっている。

「ええ、オラ二オスはこの歌が大好きで、ナーサリーでは、一人で歌ってたそうです。でも、ナーサリーでは、誰も“げーろげーろ”の意味がわからなくて、私が迎えに行くと、よく “げろげーろ” って何?と聞かれたものです。」

と、どうでもいいようなことを言った。

「そうですか。じゃあ、学校に来たらみんなでかえるの歌歌いましょうね、オラ二オス」

と、先生達は言うと、次の訪問先に向かっていった。

posted by なんでさん at 19:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 入学準備 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

家庭訪問 (2)

ママが飲み物を用意している間に、パパが先生達の相手をしていた。 何を話しているのか、相変らず笑わせている。 インタビューに来たのになかなか進まない。 ママが飲み物を運んできてから、ようやく本題に入ったようだ。

先生は、僕の事とか、家庭のことなどパパとママにいろいろ質問していた。その間、アシスタントの先生は、僕のところに来て、遊ぼうとしていた。が、僕は何もしゃべらず遊びもせず、ママのところへ「ままー、ままー」としがみついていた。アシスタントの先生が僕と遊ぶのをあきらめると、僕はまたDVDプレーヤーの所へ行き、PLAYのボタンを押す機会を狙っていたのだった。

インタビューが一通り終わると、先生達は、
「どんなに些細な事でも、気になる事や困った事があったら、いつでも言ってくださいね。学校からの手紙でも、何かわからないことがあったら遠慮無しに聞いてくださいね。」と優しい言葉をかけてくれた。 ママは外国人なので、気を使ってくれている。 ありがたいことだ、とママは思った。

すると、パパはまた、
「ディケンズの時代とは違って、今は学校は本当に親切ですねー。」とおどけて言うと、先生も、
「あの時代は、自分のことは自分でなんとかしなさい!とピシッと言われてたわよねー。」とパパに合わせて、また大笑い!

と、その時、突然! 奇妙な音楽が流れてきた!!

    ♪ げろげーろげーーーろ ♪









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2006年05月04日

家庭訪問(1)

長い夏休みが終わって、新学期は9月5日に始まった。 が、僕達新入生は、最初の一週間は、担任の先生と子供と親との面接に当てられていたので、まだ学校に行く必要はなかった。

この面接は、先生が家庭を訪問するか、こちらから学校に赴くか撰べるので、ママは、僕は家でだったら少しは話すだろうと思い、家庭訪問を選んだ。

その日は、ギリシャ旅行から帰ってきた次の日で、みんな疲れてぼろぼろの状態なのに、午前中のアポイントメント。 そう、うだくだもしていられない。早くから、片づけをしていたが、予定の10時よりも15分も先生達が早く来た。 パパとママは焦りまくり。 学校に行くようにすればよかったかも、、。

それでも平静を装い、パパは陽気に先生達を迎えた。

僕はと言うと、前に学校に行ったときに見たことがある人達だったので、特に警戒はしなかったが、先生達が、「ハロー、オラ二オス!」
といっても、何も言わずにママの後ろに隠れた。 何をしに来たんだろう?

僕はその頃、僕の家に来る人誰にでも、あるDVDを見せていた。 その日も、いつもと同じように、無言で、そのDVDをプレーヤーに入れたのであった。

posted by なんでさん at 13:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 入学準備 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月01日

TV ドキュメンタリー(3)

次に、ロバートという9歳の男の子のことを紹介しよう。

彼は、学校では誰にも話をしない。コミュニケーションは、首を立て横に振るか、授業中の先生の質問には、ホワイトボードに書いて答えている。

休み時間には、一人で校庭の隅に立っているだけで、終わるとさっさと教室に入る。

給食のときも、自分が欲しいものを指差すだけだ。

学校以外では、自分の両親と、サミュエルという学校の友達(学校では話さないに)には普通に話している。そして、まったくのストレンジャーなのに、カメラの前でインタビューには応じられる。そこで、語ってくれたのは、

「学校では、話をすることは、ものすごく重荷で、緊張する。本当は、話したいんだけど、何を話して言いかわからないんだ。」

朝、学校へ向かう車の中では、だんだん緊張し始めて、無口になってきて、学校に着く頃には、家にいるときとはまったく別人のようになってしまう。

-- ロバートのような者とは誰も友達になりたいとは思わないだろう。
中学校に進んだら、いじめにあうかもしれない、が、言い返すことも出来ないであろう。このままでは、将来も、パートナーも見つけられず、一人ぼっちで寂しく過ごすようになるのではないか。--

両親の心配は絶えない。

今、何か手を打たなければ、この子はどうなってしまうのであろうか。

悩みに悩んだ挙句、最後の手段として、PROZAC という、抗鬱剤を使うことにした。

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posted by なんでさん at 05:49| Comment(0) | TrackBack(0) | メディア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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